肉離れが好発する筋・部位・個人の特徴解明に基づく効果的予防策構築のための基盤創出

年々増えている
スポーツの肉離れ
ストレッチでは
肉離れは防げない?!
筋肉の硬さの測定から
肉離れの原因に迫る
■スポーツ科学、体育、健康科学およびその関連分野

30年度
順位 機関種別名 機関名 新規採択累計数
1 国立大学 筑波大学 30.0
2 国立大学 東京大学 29.0
3 私立大学 順天堂大学 26.0
4 私立大学 早稲田大学 22.0
5 私立大学 新潟医療福祉大学 21.0
6 特殊法人・
独立行政法人等
独立行政法人日本スポーツ振興セ ンター
国立スポーツ科学センター
18.0
7 国立大学 京都大学 16.0
7 国立大学 徳島大学 15.0
9 国立大学 東北大学 14.0
10 国立大学 広島大学 13.0

ウォーミングアップしても効果なし?!
原因や予防法がわからないスポーツ傷害・肉離れ

アスリートの競技成績やキャリアと切っても切れない関係にある「けが」。なかでも肉離れなどの筋損傷は、2016年リオデジャネイロ・オリンピック競技大会で起きた全スポーツ傷害のうち約3割を占めており、近年増加しつつあります。肉離れを予防するためにスポーツの現場でよく行われているのが、ストレッチなどのウォーミングアップでしょう。しかしその ウォーミングアップについて、約20年前から「実は肉離れの予防にならない」という研究結果が海外で現れ始めました。 順天堂大学スポーツ健康科学部准教授の宮本直和先生はこの点に着目。「スポーツの現場で行われている現在のウォー ミングアップ方法では、肉離れは防げない」と警鐘を鳴らしています。
「実のところ、肉離れが起きる原因はわかっておらず、予防 策も確立されていません。肉離れは一度起きれば復帰まで1 ~3か月程度のリハビリ期間が必要で、復帰後の再発率も約 20%と高いのが現状です。2001年以降、年間4%ずつ受 傷率が増加していますが、その理由も不明。スポーツの現場では“筋肉が硬いから“、”事前のストレッチが足りないから”肉 離れが起きるとよく言われますが、必ずしもそうとは言い切れません。要は原因の科学的根拠がないため、予防策もリハビリも上手くいっていないのだと、私は推測しています」
宮本先生は大学時代から筋肉の研究を続け、この数年も ウォーミングアップで行うストレッチの効果検証や、筋肉の硬さと肉離れの関連などについて科研費を受ける研究を重ねてきました。
「肉離れは起きやすい筋肉があり、起こしやすい人がいま す。なぜ特定の部位に起きやすいのか? なぜ同じことをしても起こしやすい人と起こしにくい人がいるのか? 経験則として筋肉が硬いと肉離れを起こしやすいと言われていますが、それは本当か? 最近の順天堂大学の研究では、筋肉の硬さはストレッチなどの環境要因だけでなく遺伝的な理由が あることもわかってきました。これらのことを踏まえて、肉離れを起こしやすい体質を明らかにしていきたいと考えました」

アスリートの筋肉を先進の医療機器で調査
ハムストリングの硬さから肉離れの原因に迫る

宮本先生の研究を進める上で欠かせないのが、筋肉の硬さの測定です。以前は指で筋肉を押して測る方法が主流でしたが、これでは硬さを客観的な数値で表せません。さらに、アキレス腱やハムストリングなど、けがを起こしやすい筋肉は皮膚上から押し込んだ方向ではない方向に伸び縮みをしてけがが発生するため、押し込み方向の硬さを測るのでは意味がありません。
一方近年、超音波を組織に当てて、その反響を画像化する超音波(エコー)画像診断装置や、磁気と電波を組織に当てて組織内部の情報を画像化するMRI(核磁気共鳴法)などを利用することで、筋肉や腱などの伸びやすさ伸びにくさが測定できるようになりました。
「エコーとMRIはどちらも医療機関ではおなじみの機器。さらに筋肉の硬さを調べるため、超音波エラストグラフィという肝硬変や乳がんの診断に使われる医療機器も導入しました。いずれもスポーツ健康科学部に設置されています」
重点的に調べるのは、ハムストリングと総称される両脚の後面の筋肉です。ハムストリングは3つの筋肉に分かれており、その中でも大腿二頭筋が肉離れの好発部位。現場では「大きな力がかかり、大腿二頭筋が引き伸ばされて肉離れが 起きる」と説明されていますが、「それだけでは大腿二頭筋に起きやすい理由が説明できない」と宮本先生は考えています。
「現在、500人のアスリートのハムストリングの硬さを測定し、データを解析しているところです。調査の対象となるアスリートは、おもに本学部の学生。肉離れが多い種目は陸上やサッカーで、種目を限定して調査を行いたい場合は、運動部に調査協力を依頼します。私もスポーツ系の大学をいくつか見てきましたが、順天堂大学ほど運動部のレベルが高く、本格的なアスリートが揃っていて、大人数の学生が実験に協力してくれる大学はほかにありません。スポーツの研究をするには、とても恵まれた環境だと思います」

バイオメカニクス実験室には動作解析機器も完備。アスリートの全身に数十個のマーカーを装着し、複数台の赤外線カメラで動きを解析する
超音波を利用しアスリートの筋肉の硬さや構造を測定。モ ニター画面には硬い部分ほど赤く表示される。

一人ひとりが持つ個別要因が筋肉や腱に与える影響に着目し、受傷リスクを減らし、パフォーマンスを向上させるた めの方法確立を目指す。

アスリート一人ひとりの筋肉に合った
スポーツ傷害予防法の構築を目指す

実は宮本先生自身もウィンドサーフィンで世界選手権出場 や国民体育大会の優勝経験があり、現役時代にはけがに苦しむ選手をたくさん見てきたといいます。それだけに科学的根拠に基づいたスポーツ傷害予防法の開発は長年の夢。さらにアスリート一人ひとりの筋肉の硬さや性別・年齢、トレーニン グ状況、遺伝子の型などに基づいて、それぞれに合った肉離 れ予防法を構築することも視野に入れています。
肉離れの予防法が開発されれば、アスリートやスポーツ指 導者にとって大きな朗報です。もちろん、一般的なスポーツ 愛好者が肉離れを起こした場合も仕事や学業に長く支障をきたすため、肉離れを防ぐウォーミングアップ方法が広く歓迎されることは間違いありません。
「私自身も現役時代、競技に関係ない筋肉を一生懸命鍛えていたことがありました。同じようにアスリートの皆さんが時代遅れのトレーニングや非効率なトレーニングをしていては、パフォーマンスが上がりにくくなります。ですからアスリートの方々は、“今、実践しているウォーミングアップやトレーニングは本当に有効なのか?”と疑問を持つことが大切です。とくにスポーツは経験則が多い世界。コーチや先輩が勧める方法も大切ですが、“本当にこれでいいのか?”、“なぜこの方法を 勧めるんだろう?”と考えることによって、トレーニング効果のさらなる向上につながると思います。研究のアイデアも同じ。疑問を持ち、自分で調べ、試した経験が将来必ず活きてきます」

革新的な双方向モバイルアプリケーション導入による新規セルフケア支援システムの構築

医療の現場でアプリが
求められる理由
とは?
医療者が介入しない
第4世代アプリ
医療者なしでは実用化
できない
理由とは?
■社会医学、看護学およびその関連分野

30年度
順位 機関種別名 機関名 新規採択累計数
1 国立大学 京都大学 27.0
2 私立大学 順天堂大学 26.0
3 国立大学 東京大学 24.0
4 国立大学 千葉大学 22.0
5 私立大学 国際医療福祉大学 20.0
6 国立大学 北海道大学 18.0
7 国立大学 長崎大学 17.0
7 私立大学 聖路加国際大学 17.0
9 国立大学 大阪大学 16.0
10 公立大学 和歌山県立医科大学 16.0

近未来の医療の課題に取り組む
セルフマネジメント支援ツール

2030年、日本の高齢化率は31%を超え、加齢によりさまざまな病気を持つ人が増加することが予測されています。一方、医療を支えるスタッフの数は患者さんの数ほど増えず、人的資源の不足や医療の質の低下が懸念されています。この重大な問題を解決する方法のひとつに、ICT(情報通信技術)の活用があります。順天堂大学大学院医療看護学研究科研究科長の植木純先生は、早い時期から患者さんのセルフマネジメント教育に関するICT化に着手。これまでにもタブレットPCを用いたCOPD(慢性閉塞性肺疾患)の患者さんへのセルフマネジメントアプリの開発で実績を挙げてきました。
「患者さんご自身が自分の病気を理解し、これ以上進行しないように予防したり、健康に過ごすため日常生活に気を配るセルフマネジメントは非常に重要なもの。ところが残念なことに、病院で教えてもらえる機会があまり多くないのが現状です」
セルフマネジメントを進めるためのツールで、一般的によくあるのが病院などで見かけるポスターやパンフレット。これがセルフマネジメント支援ツールの「第1世代」です。インターネットや動画などで学ぶのは「第2世代」。医療スタッフが患者さんの健康状態や症状をオンラインでモニタリングしたり対応する、いわゆる遠隔診療が「第3世代」。そして現在、植木先生が開発を進めているのは、医療スタッフの代わりにアプリ自身が対応する「第4世代」です。
「インターネットや電話回線などを通じて医療スタッフが患者さんを見守る第3世代ツールには個人情報を保護するためのセキュリティの高いサーバの使用料や人的資源の投入が必要で、医療費増大に悩み、医療スタッフが不足する時代には厳しくなる可能性があります。そこで私たちはアプリの中だけで完結するオフラインの第4世代アプリの開発を目指し、研究プロジェクトを立ち上げました」

医師や看護師がクリエーターと連携
医療スタッフの経験を反映させたアルゴリズムも

今回の研究チームに参加するスタッフは10名以上。医療側のメンバーは植木先生を中心に、大学院・学部の教員、専門看護師、理学療法士など。他にアプリを制作する上で必要なソフトウェアエンジニア、イラストレーター、動画制作スタッフ、声優など、一人ひとりがその道のプロフェッショナルばかり。入院日数が短い英国で使われるアプリには英国人の教授
(看護師)もチームに加わっています。週1回のWEB会議でエンジニアと企画内容の打ち合わせや課題のすり合わせなどを行います。
今回対象となる疾患は、気管支喘息、SS(I手術部位感染)、慢性心不全の3つ。いずれも患者さんの病状に合わせて初期設定することで、自分の病気への対処法や普段から使用している薬剤や医療機器などについてピンポイントで知ることができます。さらに、患者さんは「1日〇歩ウォーキングする」など自分なりの目標を設定。アプリに登場するメインキャラクターが患者さんを誉めたり励ましたりしながら、日々サポートする仕組みです。
「SSIアプリのメインキャラクターは英国人の女性看護師ケイト。キャラクターの詳細を決めるまで4か月を要しました。アプリではコンピュータの合成音声がよく使われますが、私たちがこだわるのは「生身の人間の声」。一人暮らしのご高齢者が、本物の声で“おはよう”とあいさつされるとうれしいと話してくれます」
制作する上でもっとも苦労するのは、アルゴリズムの設定です。ここでいうアルゴリズムとは、アプリに判断力を持たせる心臓部です。例えば、手術後の患者さんの傷口が細菌感染したとします。その場合、感染したことを評価、早期の受診をうながします。日々の傷口の変化も写真で記録に残ります。この様に医学的根拠をもとにアルゴリズムに組み込んでいきます。
「こうした医療アプリの創作には、実際に患者さんを診て経験が豊富な医師や看護師が関わらないと、医療の場面で使えないものができてしまいます。私たちも判断の過程を洗い出し、何回も組み立て直してアルゴリズムの設計にはずいぶん苦労しました」

▲ 植木先生(左から3番目)と職種、専門分野、学部や大学院、国を超えて編成された研究チームのコア メンバーたち
「手術前の準備をすべて自宅で行って当日入院、入院期間 も短いイギリス対応の英語版SSIアプリ。大腸がん患者さ んを支援するのはイギリス専門看護師のユニフォームを着 たケイト」将来、日本への導入も検討されている。

TVオンエア画像や声優がナレーションを収録するスタジ オで監修しながら、動画制作やキャラクターのセリフ録音 などを行う。研究室の大学院生もアプリ作りに参加するこ とができる。

今後ますます進む医療のICT化
アプリを通じて、医療の質の標準化に貢献したい

植木先生の研究チームで取り組んでいるアプリは、アプリ自身が状況を判断して対応する「ルールベース」とよばれる人工知能(AI)。同じ「第4世代」には機械学習するAIもありますが、この分野では、思考パターンの評価や制限装置の開発など、まだまだ課題が多く残されています。その点、ルールベースアプリは医療スタッフの経験を詳細に反映させ、そこに定めたルールの中で動くため、現時点での優位性は動きません。双方向に対応する包括的な内容のルールベースアプリは世界でも例がなく、先端的な研究といえます。
「今後、小規模な医療施設や医療スタッフ数が限られる環境では、こうしたアプリが医療チームの一員として何らかの役割を果たすようになるかもしれません。全国どこでも標準化された医療を提供することがポイントで、地域によって医療の質にバラツキがあってはなりません。その点、アプリの内容は標準化されていますし、医療スタッフの勉強にもなるはずです」
現在開発中のアプリは順天堂大学の附属病院などで臨床試験を実施して実用化を目指しています。
「以前、COPDのアプリを制作したとき、アプリを使う患者さん・使わない患者さんを無作為に選び、病院で臨床試験を実施しました。すると、使用した患者さんでは、息切れやQOL(生活の質)が改善するなど、人が対応するのと変わらない、とても良い結果が得られたのです。臨床試験が終わった後、病院に導入する時に使用を希望する患者さんが7割以上おられました。アプリを使うこと自体が患者さんの自信につながっていました。今、高校生の皆さんが社会に出る頃には、医療アプリの存在感はますます増しているはずです」

がんクリニカルシークエンス解析に基づいた「骨軟部腫瘍分子標的」の作用機序解明

小児・AYA世代に
多く発症する
骨肉腫
治療法が30年間
進歩しない
現状
がんゲノム医療による
新規治療法を発見
■生体機能および感覚に関する外科学およびその関連分野

30年度
順位 機関種別名 機関名 新規採択累計数
1 国立大学 東京大学 53.0
2 国立大学 大阪大学 50.0
3 私立大学 慶應義塾大学 47.0
4 国立大学 京都大学 42.0
5 私立大学 順天堂大学 34.0
6 公立大学 京都府立医科大学 31.0
7 公立大学 名古屋市立大学 30.0
8 国立大学 東北大学 29.0
9 国立大学 東京医科歯科大学 28.0
10 国立大学 名古屋大学 26.0

若い世代に発症し、手や足の切断に至る骨肉腫
「30年間治療法の進歩がない」という現実

国内で発症する骨肉腫(骨に発生するがん)の患者数は、年間200~300人。症例の少ない希少がんですが、小児及 び思春期から30代までのAYA(Adolescent and Young adult)世代、そして最近では高齢者の発症が多く報告されています。患者数が少ないため、なかなか治療法の研究が進ま ず、昔は発症すると手や足を切断する治療が行われ、5年生存 率はわずか20%。今から30年前に抗がん剤が登場し、手術と薬物療法を組み合わせることで5年生存率(初診時に転移 が認められない場合)は約70%まで上がりましたが、その後 の30年間というもの治療法に進歩が見られませんでした。
順天堂大学医学部整形外科学講座准教授の末原義之先 生が骨肉腫に関わり始めたきっかけは、自身も学生時代にス ポーツに打ち込み、整形外科で骨や筋肉を治療の対象にする機会が多かったため。研究だけでなく手術を執刀することも 多く、目の前で病に苦しむ患者さんのために新しい治療法を 開発したい、という思いが研究の原動力でした。

骨肉腫の検体を遺伝子パネル検査で精査
約40%の患者に治療可能な遺伝子変異を発見

がんは遺伝子の変異などが原因で発症する疾患です。そのため最近では、一人ひとりの患者さんの遺伝子情報に基づいて治療を行う「がんゲノム医療」が盛んになりつつあります。 ここでポイントとなるのが、3~4年前から米国で広まりつつあるがん治療法選択の新しい考え方「バスケット・スタディ」 です。近年、がんゲノム医療が進むにつれ、遺伝子異常を標的 にした薬剤が数多く開発されてきました。その結果、例えば肺がんなら肺がんの薬に、胃がんなら胃がんの薬に遺伝子の変異を抑えるものが数多く登場しています。ところが骨肉腫の 場合、前述したとおり30年間新しい薬が全く開発されていません。それならば、がんの種類にこだわらず、個々の患者さん の遺伝子変異を整理して、似た変異に対応する薬を骨肉腫の患者さんにも投与すればよいのではないか――末原先生は そう考えました。

「バスケット・スタディ」の概念図。患者さん一人ひとりの遺伝子変異を調べ、がんの種類に関係なく、遺伝子変異から治療法を考えるもの。(MSKCCのHPより)

「ところが、骨肉腫は遺伝子変異が少ないがんなのです。そのため2~3年前には、遺伝子変異を標的にする治療は難 しいという報告もありました。しかし、私たちは患者さんを助けなければなりません。他のがんに比べたら、遺伝子変異を見つけるのは難しいかもしれませんが、正しい検体・正しい検 査方法・正しい解析を進めれば、必ず骨肉腫にも治療法が見つかるはず。そう考えて、米国へ2度目の留学をし、懸命に研究を進めました」
がんゲノム医療を進めるためには、多数の遺伝子を一気に調べる「がん遺伝子パネル検査」が必要です。留学先である米国Memorial Sloan Kettering Cancer Center(MSKがんセンター)には「MSK-IMPACT」というがん関連 遺伝子の検査ができる機器があり、これを使って末原先生は 骨肉腫の患者さんの71の手術検体を解析。468個のがん関連遺伝子の遺伝子変化を調べました。すると、がん関連遺伝 子PDGFRA、KIT、KDRやVEGFAの遺伝子増幅、CDK4、 MDM2の遺伝子増幅などを検知することができました。
「実はがん遺伝子は、1つの遺伝子に原因があれば、他の遺伝子はがん発症にあまり関与しないといわれています。こうした遺伝子同士の関係性をひもといていくと、これらが骨肉腫の原因になり得る遺伝子だとわかりました」
この解析の結果、治療可能な遺伝子変異を約21%同定。 さらにマウス実験や細胞実験を重ね、他のがんの薬が約40%の患者さんに有効な可能性が示されました。
「同じ頃、海外では遺伝子増幅とは関係なく、骨肉腫の患者さんに他のがんの治療薬(末原先生が発見している遺伝子変化を阻害する)を投与する治験が行われていました。その結果、やはり約40%の患者さんに効果が現れ、私たちの解析結果とぴったり一致したのです。私が研究で見い出したがん関連遺伝子には、それぞれを標的とする複数の治療薬が存在します。今後はいくつかの問題点をクリアにし、臨床試験も経て、新たな治療法を確立したいと考えています」

▲ 「MSK-IMPACT」を用いた高悪性骨肉腫のがん関連遺伝子の解析結果。遺伝子変化の結果を色付きで示している。ここから治療の標的となるがん関連遺伝子を絞り込 んでいく。(Suehara Y et al. Clinical Cancer Research 2019)

がんゲノム医療で起きる奇跡は全体の5%
1人でも多くの命を救うために研究を推進

「今後は基礎研究と臨床の両輪で研究を進めていく」と力 強く語る末原先生ですが、その研究体制を支えているのは順天堂大学の恵まれた環境だといいます。
「順天堂は学内全体の風通しがよく、各診療科の協力体制 もスムーズ。だからチャレンジングな研究が進めやすいのです。例えば、前述のMSK-IMPACT検査は、私が1度目の米国 留学で日本へ持ち帰ったものです。当時はどんな検査機器なのか知られていませんでしたが、順天堂の関連分野の先生方 が私の話に耳を傾けてくださり、日本で初めて導入することができました。チャレンジできる風土がよい研究を生み、科研費をたくさん獲得して、さらに研究が進む。いい循環が生まれていると感じます」

新築されたばかりの研究棟にて。基礎研究と臨床現場が密接につながり合 うトランスレーショナルリサーチが進む。

最近では、軟部肉腫の治療法でも医学の進歩を示すエピソードを耳にするようになりました。それは2016年、末原先生が2度目の米国留学に発つ前のこと。腕に肉腫ができた6 歳の女の子が順天堂医院を訪れました。腕にはできる限り残 しておきたい血管や神経などがあるため、切除できる範囲で切除手術を行ったのですが、その後再発。そこで末原先生は MSK-IMPACT検査を使ってバスケット・スタディを実施し、 NTRKという融合遺伝子を日本で初めて発見しました。すでに存在するNTRK融合遺伝子に効果のある抗がん剤が有効 だと留学先で教えられ、女の子に投与したところ、がんが完全 に消えたのです。
「その女の子は腕を切断せずにすみ、1年たった今も元気です。このときはご本人やご家族からずいぶん感謝され、私も医師・研究者としてのやりがいを感じました。こんな奇跡のような話は全体の5%程度ですが、がんゲノム医療では実際に起きる可能性があります。わずか5%でも、患者さんが20 人いれば1人は救うことができる。そう考えると研究意欲が湧きますし、1人でも多くの患者さんを救うためにも新たな治療法の確立を目指しています」

遺伝子発現異常を生じるミトコンドリア病原因変異の包括的解析

遺伝子が原因で起きる
ミトコンドリア病
新しい遺伝子
解析方法
を提案
10の原因遺伝子
世界で初めて確定
■内科学一般およびその関連分野

30年度
順位 機関種別名 機関名 新規採択累計数
1 国立大学 大阪大学 36.0
2 私立大学 順天堂大学 32.0
3 国立大学 東北大学 30.0
3 国立大学 京都大学 30.0
5 国立大学 東京大学 29.0
6 国立大学 名古屋大学 27.0
6 国立大学 九州大学 27.0
8 国立大学 神戸大学 25.0
9 公立大学 京都府立医科大学 23.0
10 私立大学 慶應義塾大学 22.0

幼い子供の命を奪う難病・ミトコンドリア病
原因となる遺伝子の3分の2がいまだに未解明

細胞内のミトコンドリアの働きが低下することで起きる難病・ミトコンドリア病。生まれた赤ちゃんの約5,000人に1人 が発症する、先天性代謝疾患の中でもっとも発生頻度が高い病気です。子供の患者さんの場合、2歳未満に発症するケー スがほとんど。症状は重篤で、成長できないまま亡くなってしまう事例が少なくありません。順天堂大学大学院医学研究科の難治性疾患診断・治療学教授の岡﨑康司先生は他大学や学外の医療機関との共同研究を通じて、長くミトコンドリア病の研究に取り組んできました。
「国内の年間出生数を約100万人とすると、毎年約200人のミトコンドリア病の赤ちゃんが誕生していることになります。私たちは他大学や医療機関と協力しつつ、年間100人ぐらいの患者さんの遺伝子検査をしています。つまり、毎年発症する全国のミトコンドリア病患者さんの約半数に関わっていることになります」
ミトコンドリアは体内でエネルギーを生み出す機能があり、その働きが低下すると、てんかん・心筋症・運動障害など、さまざまな症状が現れます。病気の原因は遺伝子の異常によりますが、岡﨑先生の研究でも原因遺伝子を確定できた患者さんはおよそ3分の1。そして、原因遺伝子の候補があるものの確定できない人が3分の1。残る3分の1は候補すら上がっていない状況でした。このような患者さんの候補遺伝子を臨床診断や機能解析により確定させ、治療へと結びつけることが医療の現場で求められており、そのための研究が今回の科研費の対象となりました。

大学内にある先進の検査・実験機器を駆使
3つの解析方法を合わせるチャレンジングな試み

遺伝性難病の原因遺伝子を確定するためには標的とな る遺伝子の詳細な解析が必要です。そのため従来の研究では、「全エクソーム解析」と呼ばれる手法が用いられてきました。「全エクソーム解析」とは、ヒトゲノムのうち、たんぱく質をコードする領域を解析するもの。岡﨑先生の研究でも、「全エクソーム解析」を行うことで、原因遺伝子を確定できた患者さんの割合を42%まで高めることができました。さらに診断率を高めるため、岡﨑先生は遺伝子をコードするエクソン領域だけではない「全ゲノム解析」を実施。同時に「RNAシーケン ス」「プロテオーム解析」という3つの解析を合わせて行うチャレンジングな方法を提案しました。
「私たちが行っているのは、遺伝子の全てのセット(全ゲノ ム)、RNAの全てのセット(トランスクリプトーム)、たんぱく質の全てのセット(プロテオーム)を合わせた研究です。いろいろな疾患領域でこうしたアプローチは試みられていますが、ミトコンドリア病領域では初めて。そもそも全エクソーム解析を日本で初めて採り入れたのも我々の研究グループですし、非常に得意とする分野なのです。このように新たなアプローチで疾病原因を解明すること自体が、とてもチャレンジングな試みといえます」
研究の過程でよく使われるのが、遺伝子の塩基配列を高速で読み取る「次世代シーケンサー」と呼ばれる機器。また、異常と思われる細胞に正常な遺伝子を導入し、エネルギー産 生能力が戻るかどうかを確かめるためのレスキュー実験もしばしば実施されます。さらにDNAの鎖を切断し、遺伝子配列を自由に切除したり、置換したり、挿入する遺伝子改変技術も駆使。技術開発により生まれた新たな実験方法を組み合わせ、ミトコンドリア病の細胞の病態解明に迫ります。
「順天堂大学には難病の診断と治療研究センターがあり、 私はそこのセンター長も務めています。学内には一連の実験を行う設備が整っており、隣接する順天堂医院では臨床がしっかりしており臨床試験や、治験も活発に行われています。また、コンピュータ解析も非常に重要な工程ですが、学内に最新の大型コンピュータ機器が揃っており、連携もスムーズです。研究室の大学院生にも、一連の遺伝子検査やその後の解析、細胞の培養実験やレスキュー実験などに参加してもらっています」

新築されたばかりの研究棟の共通解析室で、岡﨑先生の研究チームが実験を進行中。
遺伝子変異を起こした細胞に正常な遺伝子を挿入したと ころ、それまでつくられていなかった重要なたんぱく質が 正常につくられるようになった。

ミトコンドリアは全身の細胞の中にあり、その内部にミトコンドリアDNAを持っている。ただし、ミトコンドリア病の原因遺伝子はむしろ核遺伝子の方に多く存在する。

10を超える原因遺伝子を世界で初めて発見
一人ひとりの患者さんに沿った治療法を提案したい

これまで岡﨑先生の研究チームは10を超えるミトコンドリア病の原因遺伝子を世界で初めて同定。これらの研究成果をもとに、新薬の治験が始まっています。
一般的に、新薬の開発には膨大なコストがかかります。そのため、患者さんの絶対数が少なく、新薬をつくっても開発コ ストの回収が見込めない難病の薬は、製薬会社などによる治験がなかなか行われない傾向があります。そんな場合に行われるのが、医師主導型の治験。順天堂医院でも新薬の開発を目指した医師主導型治験が進められています。
「それもこれも困っておられる患者さんのため。私たち医 師は患者さんと直接顔を合わせ、病気の深刻さやご家族の苦悩に触れています。そんな姿を目にすると、“1日も早く治療に結びつく研究がしたい!”と自然に考えるようになります」
また、病気が生み出す偏見を研究成果が払拭することも。
ミトコンドリアDNAは母親から子供へ遺伝(母系遺伝)することが広く知られており、生まれた子供がミトコンドリア病と判明したとたん、大変残念なことに母親が一方的に責められるケースも存在します。ところが研究を進めてみると、ミトコンドリア内で働くたんぱく質のほとんどが細胞核でつくられていることが判明。ミトコンドリア病の原因はミトコンドリアDNAだけでなく核DNAにも由来する、つまり母親だけでなく父親の遺伝子も関与することが証明され、父母の両方の遺伝子が病気に関わることがわかるようになってきました。
「難病の裏にはいろいろなストーリーがあるのです。ミトコンドリア病の原因は1,500程度あると言われています。最先端のゲノム情報を使って病態を解明し、患者さん一人ひとりの発症原因を丁寧に切り分けて、“この遺伝子異常にはこの治療を”と提案していくことが私たちの使命です」

フグの毒化に及ぼすヒラムシの影響―真のフグ毒生産者はだれか?

フグはなぜ
を持っている?
フグの毒は
どこから来るのか?
フグ毒の研究から
見える未来とは?
■森林圏科学、水圏応用科学およびその関連分野

30年度
順位 機関種別名 機関名 新規採択累計数
1 国立大学 東京大学 27.0
2 特殊法人・
独立行政法人等
国立研究開発法人
森林研究・整備機構
24.0
3 国立大学 京都大学 23.0
4 特殊法人・
独立行政法人等
国立研究開発法人
水産研究・教育機構
19.0
5 国立大学 北海道大学 15.0
6 国立大学 九州大学 9.0
7 国立大学 東京海洋大学 8.0
7 国立大学 長崎大学 8.0
9 国立大学 三重大学 7.0
10 国立大学 静岡大学 5.0
10 国立大学 宮崎大学 5.0
10 私立大学 日本大学 5.0
10 特殊法人・
独立行政法人等
国立研究開発法人
海洋研究開発機構
5.0

フグの毒は“母親からの贈り物”
無毒フグと有毒フグの比較実験で証明

古くから美味な食材として親しまれてきたフグ。しかし、フグには猛毒があり、中毒事故が絶えなかったため、食用にするための部位や調理資格者などが法律で細かく制限されています。日本大学生物資源科学部准教授の糸井史朗先生がフグ毒の研究に着手したのは2008年春。研究室の学生から
「どうしてもフグ毒の研究がしたい」と相談を受けたことがきっかけでした。
「いざ着手してみると、昔から研究されているにもかかわらず、意外にわかっていないことが多くありました。研究が進むにつれ、次々に新たな事実が明らかになるのも面白く、今では私自身がすっかりハマっています(笑)」
研究の大きな柱は大きく分けて2つ。1つ目の柱は、「フグは何のために毒を持っているのか?」。
「フグが毒化するのは自分の身を守るためだろう、と漠然と言われてきましたが、証明する事実がありませんでした。例えばトラフグの場合、肝臓と卵巣に毒があるのですが、敵がそこに達したときにはフグ自身はすでに死んでいるはずで、身を守ることにはつながらない。謎を解明するため、トラフグとクサフグを使って実験を始めました」まず生まれたばかりのトラフグの子どもをスライスし、フグ毒だけを染める特殊な化学染色で調査したところ、体表に毒を確認でき、機器分析でも微量の毒が検出されました。これをメジナなど無毒の魚に与えると、口にくわえるもののすぐに吐き出す様子が観察でき、体表の毒が身を守っていることが判明。ところが、この成果を論文にまとめて発表したところ、ある専門家から「それはフグ毒ではなく体表の粘液が原因ではないか」と指摘を受けたそうです。この指摘に答えるため、糸井先生は「無毒な子どもを作って、有毒な子どもと比較すれば、吐き出す原因がフグ毒であることが明らかになるのではないか」と考えました。無毒の子どもを作るには、まず無毒の親を手に入れて、無毒の環境で子どもを産ませる必要があります。その飼育実験が短期間でできるのはトラフグよりもクサフグでした。そこで江の島海岸に産卵に来るクサフグを捕まえ、卵を採取。これに無毒のエサを2年間投与し続けて無毒の成体を作り、そこから卵を人工授精させ、無毒の稚魚を入手しました。これを前述のメジナに与えると、吐き出すことなく食べられてしまったそうです。
「このように有毒の子どもと無毒の子どもを比較することで、非常にクリアな結果を得ることができました。無毒の子どもは化学染色に染まらず、機器分析でも毒が検出されず、これではっきりと“毒のおかげで食べられない”とわかったのです。フグは天敵から身を守る毒を生まれたときから身にまとっている――私はこれを“母親からの贈り物”と呼んでいます」

フグ類同士の毒循環で効率的に毒化する――
未解明のフグ毒化機構にひとつの解決策を提示

研究の2つ目の柱は、「フグはどこから毒を手に入れているのか?」。
従来の通説は、「バクテリアが作った毒が食物連鎖を経てフグの体内に溜まっていく」というもの。しかし、バクテリアが作れる毒の量はほんの微量で、「それではフグが持つ膨大な毒の量に達しない」との指摘もありました。
そこで研究チームは、三浦半島でクサフグのサンプリングを1年半に渡って実施。獲れたクサフグの消化管から、大量のヒガンフグの卵を発見しました。ヒガンフグも卵巣に猛毒を持っており、卵ももちろん猛毒。要するに、同じフグ類の体内で高濃度に毒が蓄積された卵を食べることで、クサフグは自らも効率よく毒化していると考えることができます。さらにトラフグで飼育実験を行ったところ、有毒の卵を与えてわずか2日で皮膚まで毒化することがわかりました。

海洋生物実験センターにある魚類飼育室では、採取してきたトラフグやクサフグ、オオツノヒラムシの卵や成体が水槽ごとに管理されている。生物の世話は4年生の担当だ。
生まれたばかりのトラフグの子どもをスライスした顕微鏡写真。免疫組織化学染色により、トラフグの体表に毒が存在することが確認された。矢印が示す部分に毒がある。

増殖環境学研究室に所属するのは、4年生25名と院生2名。毎年多くの学生が研究室への配属を希望する

「つまり、食物ピラミッドの最下層にいるバクテリアが作る毒量が少なくても、フグ類を中心とする有毒の高次消費者同士で毒を循環させることで、とても効率よく毒を獲得できる。これまでよくわかっていなかったフグの毒化機構に、ひとつの解決策を提示することができました」
さらに、フグは他にも高濃度の毒を含むエサを食べている可能性がある――そう考えた糸井先生は、三浦半島から江の島海岸にかけて大量に生息するオオツノヒラムシに着目しました。オオツノヒラムシとはプラナリアと近縁な扁形動物で、フグと同じ毒を持つことが知られています。3月末~4月初めに産卵し、大量の幼生がプランクトンのように海を漂います。
「クサフグはこの幼生を食べて毒を獲得しているのではないか」と推測した糸井先生は、7月に江の島海岸でクサフグを採取。遺伝子分析の結果、オオツノヒラムシのDNA配列を確認しました。
「実はフグ類は地域によって持っている毒の量が異なります。これはオオツノヒラムシに代表されるツノヒラムシの仲間の資源量に依存しているのではないか、と私は考えています。今、欧州で二枚貝のフグ毒の蓄積が問題になっているのですが、ここでもツノヒラムシの仲間が関係していると私は睨んでいます。ツノヒラムシの仲間は南方系の生き物なので、地球温暖化が進めば分布域が広がり、無毒の生物の毒化が進む可能性があります。今後、フグ毒中毒にかかる人が増えるかもしれません」

フィールドワーク、実験、論文作成…
全ての工程に学生が関わり、大きな戦力に

湘南に近い地の利を活かしたフィールドワーク、学内の設備をフル活用した各種実験、そして論文作成と、精力的に動く糸井先生ですが、研究室の学生はその全ての過程に関わっています。フィールドワークは近場の海岸だけでなく、科研費を利用し、共同研究機関の調査船に乗り込んで実施することも。また、発表する論文の中には、研究に貢献した学生の名前を共著者として加えています。
「研究は仮定の設定から入り、その大半は私の妄想だったりします。しかし、本学の学生は素直にフィールドワークや実験に取り組んでくれ、そこから予期しなかったデータが出て来ることが少なくありません。先入観を持たずに行動することの大切さを、学生から教えられています」

大学・産業界・行政・施設等19組織の連携体制で 介護医療コンシェルジュロボットを開発

人間の作業を代行するだけでなく
自律的に活動できるロボットとして

介護医療の現場で職員や介護対象者を助けるロボットというと、どのような役割が思い浮かぶでしょうか。往々にしてロボットに人を助けるための機能を付けて、あくまで人のサポートを行う、作業を代行してもらうというイメージが湧いてきますが、「人間と機械の共生」を研究の大きなテーマとする神奈川工科大学の三枝亮先生が描くビジョンはそれとは少し異なります。
「単なる人間の道具として機械が存在するのではなく、人間と機械が共生するという状況をつくり出すには、人間と機械がそれぞれ影響し合い、より高め合うという関係性が求められます。現在のように人間が機械に物事を教えるだけでなく、機械から人間が物事を学んでいく未来を描いていく。それによって人間は次のステージへと進歩し、社会はより豊かなものになるだろうと考えています」
三枝先生が手掛ける介護医療コンシェルジュロボットは、夜間には施設内や居室を巡回して施設全体を見守り、昼間には介護対象者の近くに寄り添い声をかけながら、手を繋いでバイタルサインを計測しつつ、リハビリの支援をする。従来の単純な移動巡回や薬物搬送を行うロボットとは違い、自律性が高く、対人的な応答性を備えたことによる高いコミュニケーション力が大きな特徴となっています。
「現場の業務負担をより効果的に軽減すること、介護対象者の日常を活性化して生活の質を向上させることが目的です。そのためには、ロボットはこれまでの『道具』という枠を越えて、人間から教わることに加えて自律的に学ぶこと、そして人間に対して何かを教えていける存在になることが必要だったのです」など世界のさまざまな課題解決に役立てられる日を願いながら、今日もこつこつと、研究を進めています。

多面的に介護医療を支援する
コンシェルジュロボットの機能

三枝先生が手掛ける介護医療コンシェルジュロボットの研究開発は、3つの大学、1つの研究所、9つの企業、5つの施設、1つの省庁が関わる非常に大規模な産学官連携のプロジェクトであり、研究はターゲットによる切り分けを軸に、大きく3つのテーマが存在しています。
ひとつめが「バリアフリーな見守りロボットの開発」。これは介護医療コンシェルジュロボットのベースとも言えるもので、日本で初めて接触を感知する柔軟外装で全体を覆ったロボットを開発。この技術は国際特許を取得しています。
柔軟外装を使用することで、高齢者、障がい者、子供でも安心して触ることができ、「声かけ」「付き添い」「触れ合い」といったコミュニケーションを通して、機械に対して人がより親しみを持つことができます。また、ロボットには3次元熱点群計測が設置され、暗い夜間の巡回でも、人の有無や姿勢を検知することが可能。たとえば廊下で倒れている人を発見した際には、呼吸の有無や安定性を認識して、職員にアラートを発信する仕組みです。巡回で検知した状況や施設利用者へ声かけを行った情報等はデータとして職員に共有され、ロボットは自律的にステーションに帰還し充電を行います。
2つめのテーマが「口腔、顔部、顎部で操作できるインターフェースの開発」。これはベッドからの移動が困難な人や脊髄損傷者などを対象としたもので、自分の代わりにロボットが病室外で活動し、他の人や職員とのコミュニケーションを実現するもの。身体が動かない人のためのリアルなアバター・キャラクター、というとイメージがしやすいかもしれません。これにより身体が動かない人でも病室外へと行動領域が広がり、活動意欲が高まって、日常生活が活性化する効果が見込まれます。
ロボットの操作は舌などの口腔や顎だけで行うことができ、ロボットに設置されたモニターに表示される表情や音声を使って、利用者は外部に意志を伝達します。一方ロボットは利用者の操作だけでなく、深層学習で周辺の人や物を認知し、方位や距離を触覚に変換して利用者に伝達。また利用者の知覚操作と自律制御のバランスを深層学習することで、使用するほどによりスムーズな操作を実現していきます。なお病室内にいるときには、ベッド周辺に設置する検知装置を活用した利用者を見守る役割を担当。職員の連絡を仲介する役割も担い、職員が病室まで足を運ばなくても介護対象者とコミュニケーションを図ることが可能となります。

介護医療コンシェルジュロボットは、研究モデルの「Lucia(ルチア)」(上段)と普及モデル(下段)で区分して製作を進行する。高さは110cm程度で自律的にステーションに戻って充電を行う仕組み。

人間のリハビリを機械が指導し
施設全体の健康管理を機械が行う

そして3つめのテーマが「触れるだけでバイタルサインが計測できる多自由度駆動アームの開発」。これは介護対象者の健康状態を検知することを目的に、ロボットに設置したアームに触れることで、血圧や脈拍を計測できるもの。ロボットと手を繋ぎながら移動しているだけでバイタルのデータがいつの間にか計測され、職員に共有されるというイメージです。また健康状態の計測はこのアームに加え、深層学習による顔検出と温度計測でも行われ、ロボットは施設内を巡回する中ですれ違う利用者の顔を認識し、非接触で体温を計測。体温が高い利用者がいた場合にはその情報を職員に伝達します。
このアームは歩行訓練などのリハビリ支援にも使用され、利用者を手繋ぎで誘導するだけでなく、歩行特性を認識して異常性を検知する他、アームからの振動や映像、音響による刺激を利用者に与えることで、利用者の歩き方や姿勢をより良く改善していく機能も設置されています。そしてこのように取得された複数の利用者の健康状態や運動データは蓄積・共有され、結果として施設全体の健康管理に効果を発揮するのです。介護対象者に寄り添いながら見守る役割、身体の動かない人が病室外で活動するためのデバイス、リハビリ支援を行いながら施設全体の健康管理を行う存在という多くの役割をひとつで担う介護医療コンシェルジュロボットは、プロジェクト完了後に製品販売を開始し、市場の反応を分析している現状にあります。
「ロボットとセンサネットワークの強化や集積したデータをクラウドシステムで動的に分析する機能など、今後の改善点もありますが、一方で介護医療の現場でのロボットの必要性を社会的に認知してもらうことも大切です。現場の職員の方に私たちの取り組みを伝えたり、逆に意見をもらったりすること。社会と介護医療現場と開発研究の人たちが立場を越えて協力し合うことで、社会実装への道は開かれていくはずです」

「意志のある道具」との関係が人間の
未来に大きく影響する

介護医療の現場で広く活躍する機能と個性を持ったコンシェルジュロボット。現在はその実用拡大に向けて歩みを進めている三枝先生ですが、その視線はさらに先にある未来を見据えています。
「ロボットや機械には、人類を進化させる可能性があると考えています。人は道具を使いはじめた時に大きく進化しましたが、機械やロボットはこれから『意志のある道具』となっていきます。その意志とどのような関係性を築くことができるか、お互いに成長し合えるものとなれるのか。その時が人間の未来を大きく変える転換期になるでしょう」
まるでSF映画のような話ですが、機械の自律性と深層学習の技術が大きく進化するいま、これは決して非現実的な話ではありません。そしてこれは未来のエンジニアや研究者にとって取り組むべき課題となり、社会的にも大きなテーマになることでしょう。
「介護医療コンシェルジュロボットでは身体の動かない人が病室外で活動するためのインターフェースを開発しました。これも人間のひとつの進化に繋がると思いますが、これはまだ『道具としての機械』に拠るものです。人間機械共生研究室と名付けた私たちの研究室で取り組むテーマはその先にあるもの。そのためにも機械と人間が共生する環境づくり、そこでの関係性の追求を、介護医療というフィールドに限ることなく、広く展開していきたいと考えています」

ベッド利用者や脊髄損傷者の病室外でのコミュニケーションを実現する、口腔、顔、顎で操作可能なロボットインターフェース。活動意欲を高めるだけでなく居室内では接触検知パネルにより、対象者を見守る役割を担う。

ロボットにはアーム型のバイタル計測装置に加え、顔部体温計測機能や歩行特徴の認識機能も設置。三枝准教授が豊橋技術科学大学に在籍した際の大学院生の研究がベースとなっている。
▲ ベッド利用者や脊髄損傷者の病室外でのコミュニケーションを実現する、口腔、顔、顎で操作可能なロボットインターフェース。活動意欲を高めるだけでなく居室内では接触検知パネルにより、対象者を見守る役割を担う。

▲ ロボットにはアーム型のバイタル計測装置に加え、顔部体温計測機能や歩行特徴の認識機能も設置。三枝准教授が豊橋技術科学大学に在籍した際の大学院生の研究がベースとなっている。

水と空気だけのクリーンな技術。 「マイクロバブル」が未来を変える!?

「マイクロバブル」とは、発生時の直径が1~100マイクロメートルの超微細な気泡のこと。近年高い注目を集める、日本発の革新的技術です。
この研究分野において2019年度より科研費が採択されたのが、福岡工業大学の江頭竜教授。まだまだ解き明かされていない未知数の分野に、風穴を開ける日もそう遠くはないかもしれません。

日本が世界をリードする
マイクロバブルの未知なる世界

みなさんは、「マイクロバブル」という言葉に聞き覚えはありますか?このマイクロバブルとは、2005年頃に日本で誕生した比較的新しい技術で、この分野においては日本が世界をリードしています。“汚れを吸着する”、“植物の成長を促進する”といった、さまざまな効果的作用を世界中が注目しています。しかし、実のところマイクロバブルの効果発現のメカニズムそのものはいまだ解明されていません。
そこで、私たち江頭研究室では、マイクロバブルの効果的な生成装置の開発に取り組んでいます。未来を見据え、開発だけに留まらず、技術の応用分野の開拓も目指しています。

微細な気泡を効率的に発生させる
究極のノズルの設計に挑む

マイクロバブルのように微細な気泡は、液体に接する表面積が大きくなります。そして、小さい気泡ほど浮力も小さく、長時間にわたって液中に留まることができるため、水中に空気を多く含むという性質があります。
マイクロバブルの生成方法は、高圧で水に空気を溶解させる「加圧溶解式」と、私たちが取り組んでいる「ノズル噴射式」の2種類。ノズル噴射式とは、水と空気を細いノズルの中で混合させ、乱流によるせん断力を利用して気泡を微細化して発生させる方法です。現在はこのノズルを用いて、より微細な気泡を効率的に生成するためのノズルの設計および改良を、研究室の学生自らが行っています。
現在「気泡を含んだ水中における音速」の現象を頼りにノズルの改良を行っています。通常、音速とは空気中だと毎秒340メートルで、水中になると毎秒1500メートルと格段に速くなります。しかし、同じ水中でもそこに気泡が加わると毎秒数10メートルとかなり遅くなります。この現象から、ノズルからマイクロバブルを噴射する際、超音速(音速よりも速い速度のこと)で、つまり数10メートル毎秒で噴射できるとノズル内に圧力のとびが生じ、衝撃波が発生します。すると、ノズルから出る気泡をその衝撃波でつぶせば、さらに細かい泡が出るのではないか、いう仮説を立てて実験を行っている最中です。

“池の水ぜんぶキレイに!?”
「おとめが池」の水質を浄化

マイクロバブルの応用実験として池班、農業班などに分かれ、実地調査を行っています。
農業班では、本学構内にある「おとめが池」にてマイクロバブルを用いた水質浄化実験を行いました。マイクロバブルを約3ヶ月間連続的に池の底層に注入し、水中の酸素濃度やpH値、汚濁物質の濃度などの変化をモニタリング。広い範囲にわたって水底の酸素不足を解消し、透明度が向上することが実験によってわかりました。
農業班においては、土、肥料、水の量など与える水の種類以外すべて同一条件のもと、さまざまな農作物の栽培に取り組みました。シソに関しては発芽率に大きな違いが現れ、キュウリに関しては通常の水を与えた場合よりも収穫量が1.6倍に。今後は、植物の発育にマイクロバブルの気泡が有効なのか、もしくは溶存酸素濃度の高さが有効なのか、実証実験を通してその先の謎を明らかにしたいと考えています。

マイクロバブルの効果の原理を
解明することで、未来は変わる

現在、“空気だけ”、“水だけ”としての理論は、流体力学として確立しています。よって、あらゆる事象もその式を使えば、机上でのシミュレーションが可能です。ただし、そこに気泡が入った状態、つまりは気体と液体の混じった“気液二相流”といわれる分野の基礎式は、いまだ確立されていません。
今後の江頭研究室の目標としては、ノズルのさらなる改良を重ね、より微細なマイクロバブルを効率的に発生させる理論を確立すること。マイクロバブルの効果の原理を突き止め、基礎式を導出できれば、実験費用も抑えられ、製品の開発費用も抑えられます。この水と空気だけのとてもクリーンな技術によって、農業や医療、水産業など世界のさまざまな課題解決に役立てられる日を願いながら、今日もこつこつと、研究を進めています。

1〜100マイクロメートル以下の超微細な泡を含むマイクロバブル水は、生成直後はこんなに白濁した状態に!気泡は驚くほど微細。 *1マイクロメートル=1000分の1ミリ
江頭研究室での実験で使用する、ノズル噴射式のマイクロバブル生成装置。ノズル内の流れを詳細に調べるために、圧力やボイド率 (空気含有割合)を測定するための孔が複数開けられている。
通常の水を潅水したシソ・マイクロバブル水を潅水したシソ・マイクロバブル水を潅水したシソと、通常の水を潅水したシソでは、発芽率に大きな違いが表れた。
自主性を尊重する江頭研究室では、学生自らアイデアを発案、実行。機械に精通している学生も多く、実験による検証を受けて装置の設計、改良を日々繰り返しています。
〜100マイクロメートル以下の超微細な泡を含むマイクロバブル水は、生成直後はこんなに白濁した状態に!気泡は驚くほど微細。 *1マイクロメートル=1000分の1ミリ
江頭研究室での実験で使用する、ノズル噴射式のマイクロバブル生成装置。ノズル内の流れを詳細に調べるために、圧力やボイド率 (空気含有割合)を測定するための孔が複数開けられている。
通常の水を潅水したシソ・マイクロバブル水を潅水したシソ・マイクロバブル水を潅水したシソと、通常の水を潅水したシソでは、発芽率に大きな違いが表れた。
自主性を尊重する江頭研究室では、学生自らアイデアを発案、実行。機械に精通している学生も多く、実験による検証を受けて装置の設計、改良を日々繰り返しています。

オール順天堂の“臨床力”を活用し、 新たな医療技術の早期実用化へ

技術やアイデアの社会実装を目指して、
企業や研究者にワンストップの支援を提供

順天堂大学のオープンイノベーション「GAUDI」では、まず大学が技術やアイデアの開発シーズを持つ企業や研究者と接触し、実用化の可能性が高いシーズを発掘します。世の中に開発シーズを持つ企業や研究者は数多く存在しますが、「研究を進めたいが資金がない」「社会実装の方法がわからない」といった悩みを抱えているケースが少なくありません。「GAUDI」はそんな企業や研究者とともに知財戦略を練り、資金調達を行い、研究体制を整えて、順天堂の大規模プラットフォームを利用した臨床試験を実現させます。その先には製品化・事業化があるわけですが、順天堂大学ではこの一連の支援を革新的医療技術開発研究センターにてワンストップで行います。

国内トップクラスの「臨床力」
と医療の知見が集まる「地の利」

「順天堂大学の強みとは何か?」_「GAUDI」を推進する順天堂大学・革新的医療技術開発研究センター長の服部信孝教授によると、その答えは明確です。
「順天堂の強みは“臨床力”です。大学附属の6病院全体の病床数は3,400床以上、年間の外来患者数は300万人超、入院患者数100万人超に上り、大学病院としては国内トップクラスです」さらに順天堂の「臨床力」としては、本郷・湯島地区に位置する地の利も見逃せません。新しい医薬品や医療機器を生み出すには企業との協働が必要ですし、時には他大学や学外の研究機関との連携も求められます。その点、本郷・湯島地区は大小さまざまな医療機器メーカーが400社以上あり、複数の大学とも隣接しています。まさに、企業や内外の大学の研究者が持つイノベーションのシーズを集めるには最適な場所にあります。

開発シーズをスムーズに臨床試験へ。
学外のエキスパートとも連携

革新的医療技術開発研究センターが設置されているのは、本郷・お茶の水キャンパスに新築された研究棟(A棟)の3階。学内外の開発シーズは、まずここへ持ち込まれます。すぐ下の2階には、研究戦略推進センターと臨床研究・治験センターがあり、隣接する順天堂医院と渡り廊下でつながっています。さらに4階~12階には順天堂大学のさまざまな講座・研究室が軒を連ねます。
研究戦略推進センターは学内の基礎研究の支援を担当。開発シーズが臨床試験へと進めば、臨床研究・治験センターが連携し、隣接する病院を使って一気に試験を進めることができます。
さらに特徴的な点は、学外のエキスパートが複数参加し、協力しながら開発支援を進めること。その顔触れは、知的財産に詳しい国際特許事務所、臨床試験を支援する企業、資金調達やマーケティングを担当するコンサルティング企業など。「学外のリソースを活用してフルサービスを提供する形は、従来の大学内オープンイノベーションにはなかった取り組みです」

誰も見たことがない技術・サービスの
新たなチャレンジが始まる

「GAUDI」は現在、試験的な運用を行っている段階ですが、すでに医療機器や再生医療等製品の研究開発案件の支援が始まっています。さらに時代の先端を行くAIなどの相談にも対応しています。
現在、「GAUDI」が相談を受けている企業の中には、AIを組み込んで病院の機能を向上させるアプリケーションを開発する企業もあります。あくまでも想定段階の案件ですが、例えば、病棟で患者さんのベッドの下にセンサーを設置し、脈拍・血圧・体温などのバイタルデータを無線で看護師のタブレット端末へ随時飛ばす製品があるとします。朝夕のバイタルチェックを効率化させ、多忙な看護師をサポートすることができますが、企業が病棟へ直接お話を持ち込んでも、多忙を極める病棟ではとても対応できません。その点、「GAUDI」に相談があれば必要に応じて当センター内に病棟のセットを作り、看護師さんを招いてアプリケーションの機能と役割について説明し、実際に触れることも可能です。また、アプリケーションの導入効果の検証を行う上での試験デザインについての議論を、事前に病棟スタッフを交えて行うことで、現場の理解も深まり、より効果的な検証実験が行えるはずです。
ほかにも、医療分野以外の企業から「ライフサイエンス分野にチャレンジしたい」という要望も届いています。例えば、「土いらずで野菜を栽培できる農業用フィルムを医療に転用できないか」というケースでは、当センターに技術展示することで日々研究開発や臨床を行う本学の医師・研究者や「GAUDI」の協力企業・機関の目に触れる機会があります。どこからどんなアイデアが生まれて、どのようなイノベーションが起きるのか_それは誰にもわかりません。
順天堂大学のオープンイノベーションプログラム「GAUDI」は、2019年夏より本格的に始動を開始。今後も世の中に眠る開発シーズを掘り起こし、効率的に社会実装へとつなげ、研究開発の中核拠点を目指していきます。

世の中には実用化に至っていない優れた技術やアイデアが数多く眠っています。
これらの技術やアイデアの実用化への道を切り拓くことも、大学の大切な使命です。この使命を果たすため、順天堂大学はオープンイノベーション「GAUD(I Global Alliance Under the Dynamic Innovation)」をスタート。技術やアイデアの早期実用化により、患者さんへ、ひいては社会全体への還元を目指しています。
A棟(4階~12階)研究室
A棟(2階)研究戦略推進センター
A棟(3階)革新的医療技術開発研究センター

世界も認める研究力の高さ その秘密は、自由にテーマを選べる風土 異分野融合を進めながら超高齢社会の課題に挑む

世界トップクラスの科学誌ネイチャーが「高品質な科学論文を最も効率的に発表している大学」として日本の1位 (Nature Index 2018 Japan)と認めた学習院大学。世界的な注目研究者のお一人、理学部生命科学科の高島明彦教授にお話を伺いました。

高島先生が取り組んでいるのはアルツハイマー病。その原因物質が「タウ」というタンパク質ではないかと考え、20年以上にわたって研究を進めてきました。患者さんの脳ではタウが糸クズのような異常な姿になってたまっています。なぜ糸クズ状になるのか、それがどのようにして認知症状を引き起こすのか──こうした謎に挑んできました。ですが、アルツハイマー病の研究としては、タウは主流ではなかったのです。糸クズのほかに、患者さんの脳にはもう1つの特徴があります。老人斑と呼ばれるシミで、その主成分は「アミロイドβ」です。90年代中頃からつい最近まで、研究の主流はアミロイドβでした。ある国際学会では、アミロイドβの研究発表の部屋は満員なのに「タウの部屋には10人ほどしかいなかった」と高島先生は笑いながら振り返ります。主流のテーマには研究予算もたくさんつきます。アミロイドβを研究しようとは思わなかったのでしょうか。「あちら(アミロイドβ)はすでに大勢の人がやっていました。私がやる必要はないと思ったんですよ」。迷いのない答えが返ってきました。

大きな転換期を迎えたアルツハイマー病研究

アルツハイマー病の研究は今、大きな転換期を迎えています。どうやらアミロイドβは真犯人ではなかったようなのです。アミロイドβを取り除く薬が開発され、実際にその薬のおかげで患者さんの脳からアミロイドβがなくなったにもかかわらず、症状は進行していました。これでは治療薬にはなりません。
アミロイドβの代わりに今、本命視されているのが、高島先生が20年以上にわたって研究を進めてきたタウなのです。

研究とは、暗闇に灯りをつけるようなもの

主流ではない研究を続けるには胆力がいりそうです。高島先生は若いころ、先輩からこう言われたといいます。「科学研究というのは、暗闇のなかに灯りをともすようなもの」。もとはある著名な科学者の言葉だそうですが、「本当にその通り」と高島先生は言います。「ぱっと灯りがついて、初めてそこがどういう場所かがわかる。パァーと次の道が開けてくる。これを見ているのは、自分だけなのだという、その感覚。それが研究の醍醐味です」。

分野の違う人と話す楽しさ

学習院大学では、文部科学省の私立大学研究ブランディング事業に選ばれた「超高齢社会への新たなチャレンジ」に力を入れています。認知症や再生医療、がん・老化といった生命科学系の基礎研究を中心に据え、その成果からさらに進んでいく超高齢社会の現実的な課題を議論する場として、法学や心理学、経済学などの人文・社会科学系の視点を加えた新しい学際領域「生命社会学」を創成しました。同じキャンパス内にすべての学部があることを最大限に活かした事業です。この事業を通して、高島教授は法学部や文学部の先生方とも議論をするようになりました。理化学研究所や国立長寿医療研究センターなど、理系研究者ばかりの組織にいた高島先生にとっては、あまりなかった経験です。「これがね、本当に楽しいんですよ。予想外の視点から質問が飛んでくる。ぱっと視野が広がる感じを何度もしてきました」。こうした会話のなかから、いくつもの研究のアイデアをもらったとも言います。自由に研究テーマを選べ、まったく違う分野の人とも同じキャンパスの中で日常的に会話を交わすことができる──学習院大学は研究をするにはまさに理想的な環境にあるのかもしれません。


学習院大学研究ブランディング事業「超高齢社会への新たなチャレンジ-文理連携型〈生命社会学〉によるアプローチ-」は、認知症・がん・老化・再生医療の基礎分野におけるフロント研究を推進。その急速な進展に伴い生じうる社会的諸問題と対応について、文理連携による統合的議論を深めるための場として学際領域〈生命社会学〉を創成、基礎教養科目として学生の教育に供するとともに、超高齢社会の未来に対応可能な社会基盤の整備に向けた提言を目指します。

2018年度 学習院大学研究ブランディング事業の成果(一部)

基礎教養科目「生命社会学」
毎回違う文理両分野の教員2名が同一テーマについて講義。それを聴講したうえで学生同士で議論と発表を行う。従来とは全く違う新しい方式の授業を行っています。
ブランディングシンポジウムの開催
年2回、学生・関係者だけでなく広く一般の人を対象に、ブランディング事業に関連する成果を発表。多くの方に参加いただき好評を得ています。

2018年度実施の研究プロジェクト
「認知症で観察されるタウ凝集機構解明」「DNA損傷ストレスがゲノム不安定化を引き起こすメカニズムの解明」「モデル生物ショウジョウバエの老化状態に認められる様々な生理特性の解析」「四肢の関節再生を惹起するシステムの解明」ほか

ガンダムの世界観を実現するには?
社会が求める実践的な技術者を養成。

高1で出会ったガンダムが航空宇宙工学への入り口に

高校1年のとき、ファーストガンダムを見て、航空宇宙工学分野を志しました。高校の図書館で『航空宇宙便覧』を読み込み、ロケットや飛行機について自分なりに調べ、夢をかなえるために受験勉強に励みました。私がガンダムの世界に惹かれたのは、地球~月間に人々の生活圏がある世界が近未来に実現可能と考えたからです。戦闘用巨大ロボットは中に乗り込む人間の安全性が担保されないため、おそらくファンタジーで終わるでしょう。しかし、スペースコロニーで人々が暮らす世界は、50年後に実現する可能性が充分にあります。宇宙空間で人々が暮らすためには、必ずそこへ物資を運ばなくてはなりません。そのため、輸送用ロケットの需要は今後も高まるはずです。

航空機やロケットにもっとも求められるものは「安全性」

研究室では、おもにジェットエンジンとロケットエンジンについて研究を進めています。具体的には、産業用エンジンのプロペラ形状などを工夫し、空気の流れをコントロールして省エネ効率と静音性を高めたり、ジェットエンジンの騒音発生のメカニズムを調べたりしています。意外に知られていませんが、ジェット燃料の主原料は灯油です。灯油は比較的燃えにくい原料ですが、安全性を保ちながら効率よく燃焼させるにはどうすればいいか。そんな研究も行っています。
科研費を利用して取り組んでいるのは、シンセティックジェットに関する研究です。ジェットエンジンには空気を吸引する通路と噴出する通路の2方向の通路が必要ですが、シンセティックジェットなら1つの通路で吸引と噴出を交互に行い、低コスト化につながります。1990年代から研究が始まった分野で、実用化まであと20年はかかるといわれる、先の長い研究です。それほど航空機やロケットに使われる技術は安全性が重要なのです。

恵まれた環境を活かし、企業が求める人材へと成長

研究では実験、シミュレーション、理論の3方法を併用。学生は4年次春から研究室に入り、実験やシミュレーションに参加します。
例えば、ある実験には航空機の尾翼モデルが必要です。そこで学生がCADソフトで設計し、3Dプリンターでモデルを製作。その後、実験に臨むのですが、夏休み中には自分なりの実験ができるまでに成長します。圧力計算と速度計算を一体化して解くPCでのシミュレーションについても同様です。
私が学生に実験やシミュレーションを徹底して経験させる理由は、就職後に技術職として必須の素養だから。企業が求めるのは、CAD も実験もシミュレーションもできる人材。そのためには学生時代から手を動かし、経験を積む必要があります。
さらに将来、学生が社会で活躍するためにも、卒業研究では「1 人 1 テーマ・2 研究手法」を課しています。有難いことに、青山学院大学は各種実験設備が豊富。学生はこの恵まれた環境をフル活用し、技術者として社会へ羽ばたいて欲しいと思ってます。

機械創造工学科の大型実験施設には、風洞実験や水力発電などの実験設備が所狭しと並ぶ。学生一人ひとりが役割分担し、作業に余念がない。
デトネーションは燃焼が超音速で伝わる現象で、極超音速機や宇宙住還機の燃焼室で高速燃焼させるためのテクノロジーです。