順天堂大学スポーツ健康科学部
大 区 分:I スポーツ科学、体育、健康科学および その関連分野スポーツ科学関連
基礎研究(B)

肉離れが好発する筋・部位・個人の特徴解明に基づく効果的予防策構築のための基盤創出

年々増えている
スポーツの肉離れ
ストレッチでは
肉離れは防げない?!
筋肉の硬さの測定から
肉離れの原因に迫る
■スポーツ科学、体育、健康科学およびその関連分野

30年度
順位 機関種別名 機関名 新規採択累計数
1 国立大学 筑波大学 30.0
2 国立大学 東京大学 29.0
3 私立大学 順天堂大学 26.0
4 私立大学 早稲田大学 22.0
5 私立大学 新潟医療福祉大学 21.0
6 特殊法人・
独立行政法人等
独立行政法人日本スポーツ振興セ ンター
国立スポーツ科学センター
18.0
7 国立大学 京都大学 16.0
7 国立大学 徳島大学 15.0
9 国立大学 東北大学 14.0
10 国立大学 広島大学 13.0

ウォーミングアップしても効果なし?!
原因や予防法がわからないスポーツ傷害・肉離れ

アスリートの競技成績やキャリアと切っても切れない関係にある「けが」。なかでも肉離れなどの筋損傷は、2016年リオデジャネイロ・オリンピック競技大会で起きた全スポーツ傷害のうち約3割を占めており、近年増加しつつあります。肉離れを予防するためにスポーツの現場でよく行われているのが、ストレッチなどのウォーミングアップでしょう。しかしその ウォーミングアップについて、約20年前から「実は肉離れの予防にならない」という研究結果が海外で現れ始めました。 順天堂大学スポーツ健康科学部准教授の宮本直和先生はこの点に着目。「スポーツの現場で行われている現在のウォー ミングアップ方法では、肉離れは防げない」と警鐘を鳴らしています。
「実のところ、肉離れが起きる原因はわかっておらず、予防 策も確立されていません。肉離れは一度起きれば復帰まで1 ~3か月程度のリハビリ期間が必要で、復帰後の再発率も約 20%と高いのが現状です。2001年以降、年間4%ずつ受 傷率が増加していますが、その理由も不明。スポーツの現場では“筋肉が硬いから“、”事前のストレッチが足りないから”肉 離れが起きるとよく言われますが、必ずしもそうとは言い切れません。要は原因の科学的根拠がないため、予防策もリハビリも上手くいっていないのだと、私は推測しています」
宮本先生は大学時代から筋肉の研究を続け、この数年も ウォーミングアップで行うストレッチの効果検証や、筋肉の硬さと肉離れの関連などについて科研費を受ける研究を重ねてきました。
「肉離れは起きやすい筋肉があり、起こしやすい人がいま す。なぜ特定の部位に起きやすいのか? なぜ同じことをしても起こしやすい人と起こしにくい人がいるのか? 経験則として筋肉が硬いと肉離れを起こしやすいと言われていますが、それは本当か? 最近の順天堂大学の研究では、筋肉の硬さはストレッチなどの環境要因だけでなく遺伝的な理由が あることもわかってきました。これらのことを踏まえて、肉離れを起こしやすい体質を明らかにしていきたいと考えました」

アスリートの筋肉を先進の医療機器で調査
ハムストリングの硬さから肉離れの原因に迫る

宮本先生の研究を進める上で欠かせないのが、筋肉の硬さの測定です。以前は指で筋肉を押して測る方法が主流でしたが、これでは硬さを客観的な数値で表せません。さらに、アキレス腱やハムストリングなど、けがを起こしやすい筋肉は皮膚上から押し込んだ方向ではない方向に伸び縮みをしてけがが発生するため、押し込み方向の硬さを測るのでは意味がありません。
一方近年、超音波を組織に当てて、その反響を画像化する超音波(エコー)画像診断装置や、磁気と電波を組織に当てて組織内部の情報を画像化するMRI(核磁気共鳴法)などを利用することで、筋肉や腱などの伸びやすさ伸びにくさが測定できるようになりました。
「エコーとMRIはどちらも医療機関ではおなじみの機器。さらに筋肉の硬さを調べるため、超音波エラストグラフィという肝硬変や乳がんの診断に使われる医療機器も導入しました。いずれもスポーツ健康科学部に設置されています」
重点的に調べるのは、ハムストリングと総称される両脚の後面の筋肉です。ハムストリングは3つの筋肉に分かれており、その中でも大腿二頭筋が肉離れの好発部位。現場では「大きな力がかかり、大腿二頭筋が引き伸ばされて肉離れが 起きる」と説明されていますが、「それだけでは大腿二頭筋に起きやすい理由が説明できない」と宮本先生は考えています。
「現在、500人のアスリートのハムストリングの硬さを測定し、データを解析しているところです。調査の対象となるアスリートは、おもに本学部の学生。肉離れが多い種目は陸上やサッカーで、種目を限定して調査を行いたい場合は、運動部に調査協力を依頼します。私もスポーツ系の大学をいくつか見てきましたが、順天堂大学ほど運動部のレベルが高く、本格的なアスリートが揃っていて、大人数の学生が実験に協力してくれる大学はほかにありません。スポーツの研究をするには、とても恵まれた環境だと思います」

バイオメカニクス実験室には動作解析機器も完備。アスリートの全身に数十個のマーカーを装着し、複数台の赤外線カメラで動きを解析する
超音波を利用しアスリートの筋肉の硬さや構造を測定。モ ニター画面には硬い部分ほど赤く表示される。

一人ひとりが持つ個別要因が筋肉や腱に与える影響に着目し、受傷リスクを減らし、パフォーマンスを向上させるた めの方法確立を目指す。

アスリート一人ひとりの筋肉に合った
スポーツ傷害予防法の構築を目指す

実は宮本先生自身もウィンドサーフィンで世界選手権出場 や国民体育大会の優勝経験があり、現役時代にはけがに苦しむ選手をたくさん見てきたといいます。それだけに科学的根拠に基づいたスポーツ傷害予防法の開発は長年の夢。さらにアスリート一人ひとりの筋肉の硬さや性別・年齢、トレーニン グ状況、遺伝子の型などに基づいて、それぞれに合った肉離 れ予防法を構築することも視野に入れています。
肉離れの予防法が開発されれば、アスリートやスポーツ指 導者にとって大きな朗報です。もちろん、一般的なスポーツ 愛好者が肉離れを起こした場合も仕事や学業に長く支障をきたすため、肉離れを防ぐウォーミングアップ方法が広く歓迎されることは間違いありません。
「私自身も現役時代、競技に関係ない筋肉を一生懸命鍛えていたことがありました。同じようにアスリートの皆さんが時代遅れのトレーニングや非効率なトレーニングをしていては、パフォーマンスが上がりにくくなります。ですからアスリートの方々は、“今、実践しているウォーミングアップやトレーニングは本当に有効なのか?”と疑問を持つことが大切です。とくにスポーツは経験則が多い世界。コーチや先輩が勧める方法も大切ですが、“本当にこれでいいのか?”、“なぜこの方法を 勧めるんだろう?”と考えることによって、トレーニング効果のさらなる向上につながると思います。研究のアイデアも同じ。疑問を持ち、自分で調べ、試した経験が将来必ず活きてきます」

宮本直和 准教授
NAOKAZU MIYAMOTO
順天堂大学 スポーツ健康科学部
2000年、京都大学総合人間学部卒業。2005年、同大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。2005年、京都工 芸繊維大学研究員。2007年、早稲田大学スポーツ科学学術院助手。2010年、同研究院助教。2012年、同講師。2013 年、鹿屋体育大学准教授。2018年、順天堂大学スポーツ健康科学部准教授。現在に至る。ウィンドサーフィンで2002年 世界選手権出場。2003年に国民体育大会優勝。2005~6年、オリンピック強化指定選手。
研究は「頭脳」より「根性
研究の成果が出るまでには非常に長い時間がかかり、場合によっては期待したような結果が出ない「失敗」ばかりが続くこともあります。成果を出すためには論理的思考力などの「頭脳」ももちろん必要ですが、教員などのサポートでカバーすることができますし、研究活動を続けるうちに自然に身につくものです。「頭脳」よりも必要なのは、むしろ「根性」。物事にじっくりと泥臭く取り組み、「失敗」も楽しみながら続ける「根性」を大切にしてください。
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