フグの毒化に及ぼすヒラムシの影響―真のフグ毒生産者はだれか?

フグはなぜ
を持っている?
フグの毒は
どこから来るのか?
フグ毒の研究から
見える未来とは?
■森林圏科学、水圏応用科学およびその関連分野

30年度
順位 機関種別名 機関名 新規採択累計数
1 国立大学 東京大学 27.0
2 特殊法人・
独立行政法人等
国立研究開発法人
森林研究・整備機構
24.0
3 国立大学 京都大学 23.0
4 特殊法人・
独立行政法人等
国立研究開発法人
水産研究・教育機構
19.0
5 国立大学 北海道大学 15.0
6 国立大学 九州大学 9.0
7 国立大学 東京海洋大学 8.0
7 国立大学 長崎大学 8.0
9 国立大学 三重大学 7.0
10 国立大学 静岡大学 5.0
10 国立大学 宮崎大学 5.0
10 私立大学 日本大学 5.0
10 特殊法人・
独立行政法人等
国立研究開発法人
海洋研究開発機構
5.0

フグの毒は“母親からの贈り物”
無毒フグと有毒フグの比較実験で証明

古くから美味な食材として親しまれてきたフグ。しかし、フグには猛毒があり、中毒事故が絶えなかったため、食用にするための部位や調理資格者などが法律で細かく制限されています。日本大学生物資源科学部准教授の糸井史朗先生がフグ毒の研究に着手したのは2008年春。研究室の学生から
「どうしてもフグ毒の研究がしたい」と相談を受けたことがきっかけでした。
「いざ着手してみると、昔から研究されているにもかかわらず、意外にわかっていないことが多くありました。研究が進むにつれ、次々に新たな事実が明らかになるのも面白く、今では私自身がすっかりハマっています(笑)」
研究の大きな柱は大きく分けて2つ。1つ目の柱は、「フグは何のために毒を持っているのか?」。
「フグが毒化するのは自分の身を守るためだろう、と漠然と言われてきましたが、証明する事実がありませんでした。例えばトラフグの場合、肝臓と卵巣に毒があるのですが、敵がそこに達したときにはフグ自身はすでに死んでいるはずで、身を守ることにはつながらない。謎を解明するため、トラフグとクサフグを使って実験を始めました」まず生まれたばかりのトラフグの子どもをスライスし、フグ毒だけを染める特殊な化学染色で調査したところ、体表に毒を確認でき、機器分析でも微量の毒が検出されました。これをメジナなど無毒の魚に与えると、口にくわえるもののすぐに吐き出す様子が観察でき、体表の毒が身を守っていることが判明。ところが、この成果を論文にまとめて発表したところ、ある専門家から「それはフグ毒ではなく体表の粘液が原因ではないか」と指摘を受けたそうです。この指摘に答えるため、糸井先生は「無毒な子どもを作って、有毒な子どもと比較すれば、吐き出す原因がフグ毒であることが明らかになるのではないか」と考えました。無毒の子どもを作るには、まず無毒の親を手に入れて、無毒の環境で子どもを産ませる必要があります。その飼育実験が短期間でできるのはトラフグよりもクサフグでした。そこで江の島海岸に産卵に来るクサフグを捕まえ、卵を採取。これに無毒のエサを2年間投与し続けて無毒の成体を作り、そこから卵を人工授精させ、無毒の稚魚を入手しました。これを前述のメジナに与えると、吐き出すことなく食べられてしまったそうです。
「このように有毒の子どもと無毒の子どもを比較することで、非常にクリアな結果を得ることができました。無毒の子どもは化学染色に染まらず、機器分析でも毒が検出されず、これではっきりと“毒のおかげで食べられない”とわかったのです。フグは天敵から身を守る毒を生まれたときから身にまとっている――私はこれを“母親からの贈り物”と呼んでいます」

フグ類同士の毒循環で効率的に毒化する――
未解明のフグ毒化機構にひとつの解決策を提示

研究の2つ目の柱は、「フグはどこから毒を手に入れているのか?」。
従来の通説は、「バクテリアが作った毒が食物連鎖を経てフグの体内に溜まっていく」というもの。しかし、バクテリアが作れる毒の量はほんの微量で、「それではフグが持つ膨大な毒の量に達しない」との指摘もありました。
そこで研究チームは、三浦半島でクサフグのサンプリングを1年半に渡って実施。獲れたクサフグの消化管から、大量のヒガンフグの卵を発見しました。ヒガンフグも卵巣に猛毒を持っており、卵ももちろん猛毒。要するに、同じフグ類の体内で高濃度に毒が蓄積された卵を食べることで、クサフグは自らも効率よく毒化していると考えることができます。さらにトラフグで飼育実験を行ったところ、有毒の卵を与えてわずか2日で皮膚まで毒化することがわかりました。

海洋生物実験センターにある魚類飼育室では、採取してきたトラフグやクサフグ、オオツノヒラムシの卵や成体が水槽ごとに管理されている。生物の世話は4年生の担当だ。
生まれたばかりのトラフグの子どもをスライスした顕微鏡写真。免疫組織化学染色により、トラフグの体表に毒が存在することが確認された。矢印が示す部分に毒がある。

増殖環境学研究室に所属するのは、4年生25名と院生2名。毎年多くの学生が研究室への配属を希望する

「つまり、食物ピラミッドの最下層にいるバクテリアが作る毒量が少なくても、フグ類を中心とする有毒の高次消費者同士で毒を循環させることで、とても効率よく毒を獲得できる。これまでよくわかっていなかったフグの毒化機構に、ひとつの解決策を提示することができました」
さらに、フグは他にも高濃度の毒を含むエサを食べている可能性がある――そう考えた糸井先生は、三浦半島から江の島海岸にかけて大量に生息するオオツノヒラムシに着目しました。オオツノヒラムシとはプラナリアと近縁な扁形動物で、フグと同じ毒を持つことが知られています。3月末~4月初めに産卵し、大量の幼生がプランクトンのように海を漂います。
「クサフグはこの幼生を食べて毒を獲得しているのではないか」と推測した糸井先生は、7月に江の島海岸でクサフグを採取。遺伝子分析の結果、オオツノヒラムシのDNA配列を確認しました。
「実はフグ類は地域によって持っている毒の量が異なります。これはオオツノヒラムシに代表されるツノヒラムシの仲間の資源量に依存しているのではないか、と私は考えています。今、欧州で二枚貝のフグ毒の蓄積が問題になっているのですが、ここでもツノヒラムシの仲間が関係していると私は睨んでいます。ツノヒラムシの仲間は南方系の生き物なので、地球温暖化が進めば分布域が広がり、無毒の生物の毒化が進む可能性があります。今後、フグ毒中毒にかかる人が増えるかもしれません」

フィールドワーク、実験、論文作成…
全ての工程に学生が関わり、大きな戦力に

湘南に近い地の利を活かしたフィールドワーク、学内の設備をフル活用した各種実験、そして論文作成と、精力的に動く糸井先生ですが、研究室の学生はその全ての過程に関わっています。フィールドワークは近場の海岸だけでなく、科研費を利用し、共同研究機関の調査船に乗り込んで実施することも。また、発表する論文の中には、研究に貢献した学生の名前を共著者として加えています。
「研究は仮定の設定から入り、その大半は私の妄想だったりします。しかし、本学の学生は素直にフィールドワークや実験に取り組んでくれ、そこから予期しなかったデータが出て来ることが少なくありません。先入観を持たずに行動することの大切さを、学生から教えられています」