肉離れが好発する筋・部位・個人の特徴解明に基づく効果的予防策構築のための基盤創出

年々増えている
スポーツの肉離れ
ストレッチでは
肉離れは防げない?!
筋肉の硬さの測定から
肉離れの原因に迫る
■スポーツ科学、体育、健康科学およびその関連分野

30年度
順位 機関種別名 機関名 新規採択累計数
1 国立大学 筑波大学 30.0
2 国立大学 東京大学 29.0
3 私立大学 順天堂大学 26.0
4 私立大学 早稲田大学 22.0
5 私立大学 新潟医療福祉大学 21.0
6 特殊法人・
独立行政法人等
独立行政法人日本スポーツ振興セ ンター
国立スポーツ科学センター
18.0
7 国立大学 京都大学 16.0
7 国立大学 徳島大学 15.0
9 国立大学 東北大学 14.0
10 国立大学 広島大学 13.0

ウォーミングアップしても効果なし?!
原因や予防法がわからないスポーツ傷害・肉離れ

アスリートの競技成績やキャリアと切っても切れない関係にある「けが」。なかでも肉離れなどの筋損傷は、2016年リオデジャネイロ・オリンピック競技大会で起きた全スポーツ傷害のうち約3割を占めており、近年増加しつつあります。肉離れを予防するためにスポーツの現場でよく行われているのが、ストレッチなどのウォーミングアップでしょう。しかしその ウォーミングアップについて、約20年前から「実は肉離れの予防にならない」という研究結果が海外で現れ始めました。 順天堂大学スポーツ健康科学部准教授の宮本直和先生はこの点に着目。「スポーツの現場で行われている現在のウォー ミングアップ方法では、肉離れは防げない」と警鐘を鳴らしています。
「実のところ、肉離れが起きる原因はわかっておらず、予防 策も確立されていません。肉離れは一度起きれば復帰まで1 ~3か月程度のリハビリ期間が必要で、復帰後の再発率も約 20%と高いのが現状です。2001年以降、年間4%ずつ受 傷率が増加していますが、その理由も不明。スポーツの現場では“筋肉が硬いから“、”事前のストレッチが足りないから”肉 離れが起きるとよく言われますが、必ずしもそうとは言い切れません。要は原因の科学的根拠がないため、予防策もリハビリも上手くいっていないのだと、私は推測しています」
宮本先生は大学時代から筋肉の研究を続け、この数年も ウォーミングアップで行うストレッチの効果検証や、筋肉の硬さと肉離れの関連などについて科研費を受ける研究を重ねてきました。
「肉離れは起きやすい筋肉があり、起こしやすい人がいま す。なぜ特定の部位に起きやすいのか? なぜ同じことをしても起こしやすい人と起こしにくい人がいるのか? 経験則として筋肉が硬いと肉離れを起こしやすいと言われていますが、それは本当か? 最近の順天堂大学の研究では、筋肉の硬さはストレッチなどの環境要因だけでなく遺伝的な理由が あることもわかってきました。これらのことを踏まえて、肉離れを起こしやすい体質を明らかにしていきたいと考えました」

アスリートの筋肉を先進の医療機器で調査
ハムストリングの硬さから肉離れの原因に迫る

宮本先生の研究を進める上で欠かせないのが、筋肉の硬さの測定です。以前は指で筋肉を押して測る方法が主流でしたが、これでは硬さを客観的な数値で表せません。さらに、アキレス腱やハムストリングなど、けがを起こしやすい筋肉は皮膚上から押し込んだ方向ではない方向に伸び縮みをしてけがが発生するため、押し込み方向の硬さを測るのでは意味がありません。
一方近年、超音波を組織に当てて、その反響を画像化する超音波(エコー)画像診断装置や、磁気と電波を組織に当てて組織内部の情報を画像化するMRI(核磁気共鳴法)などを利用することで、筋肉や腱などの伸びやすさ伸びにくさが測定できるようになりました。
「エコーとMRIはどちらも医療機関ではおなじみの機器。さらに筋肉の硬さを調べるため、超音波エラストグラフィという肝硬変や乳がんの診断に使われる医療機器も導入しました。いずれもスポーツ健康科学部に設置されています」
重点的に調べるのは、ハムストリングと総称される両脚の後面の筋肉です。ハムストリングは3つの筋肉に分かれており、その中でも大腿二頭筋が肉離れの好発部位。現場では「大きな力がかかり、大腿二頭筋が引き伸ばされて肉離れが 起きる」と説明されていますが、「それだけでは大腿二頭筋に起きやすい理由が説明できない」と宮本先生は考えています。
「現在、500人のアスリートのハムストリングの硬さを測定し、データを解析しているところです。調査の対象となるアスリートは、おもに本学部の学生。肉離れが多い種目は陸上やサッカーで、種目を限定して調査を行いたい場合は、運動部に調査協力を依頼します。私もスポーツ系の大学をいくつか見てきましたが、順天堂大学ほど運動部のレベルが高く、本格的なアスリートが揃っていて、大人数の学生が実験に協力してくれる大学はほかにありません。スポーツの研究をするには、とても恵まれた環境だと思います」

バイオメカニクス実験室には動作解析機器も完備。アスリートの全身に数十個のマーカーを装着し、複数台の赤外線カメラで動きを解析する
超音波を利用しアスリートの筋肉の硬さや構造を測定。モ ニター画面には硬い部分ほど赤く表示される。

一人ひとりが持つ個別要因が筋肉や腱に与える影響に着目し、受傷リスクを減らし、パフォーマンスを向上させるた めの方法確立を目指す。

アスリート一人ひとりの筋肉に合った
スポーツ傷害予防法の構築を目指す

実は宮本先生自身もウィンドサーフィンで世界選手権出場 や国民体育大会の優勝経験があり、現役時代にはけがに苦しむ選手をたくさん見てきたといいます。それだけに科学的根拠に基づいたスポーツ傷害予防法の開発は長年の夢。さらにアスリート一人ひとりの筋肉の硬さや性別・年齢、トレーニン グ状況、遺伝子の型などに基づいて、それぞれに合った肉離 れ予防法を構築することも視野に入れています。
肉離れの予防法が開発されれば、アスリートやスポーツ指 導者にとって大きな朗報です。もちろん、一般的なスポーツ 愛好者が肉離れを起こした場合も仕事や学業に長く支障をきたすため、肉離れを防ぐウォーミングアップ方法が広く歓迎されることは間違いありません。
「私自身も現役時代、競技に関係ない筋肉を一生懸命鍛えていたことがありました。同じようにアスリートの皆さんが時代遅れのトレーニングや非効率なトレーニングをしていては、パフォーマンスが上がりにくくなります。ですからアスリートの方々は、“今、実践しているウォーミングアップやトレーニングは本当に有効なのか?”と疑問を持つことが大切です。とくにスポーツは経験則が多い世界。コーチや先輩が勧める方法も大切ですが、“本当にこれでいいのか?”、“なぜこの方法を 勧めるんだろう?”と考えることによって、トレーニング効果のさらなる向上につながると思います。研究のアイデアも同じ。疑問を持ち、自分で調べ、試した経験が将来必ず活きてきます」

革新的な双方向モバイルアプリケーション導入による新規セルフケア支援システムの構築

医療の現場でアプリが
求められる理由
とは?
医療者が介入しない
第4世代アプリ
医療者なしでは実用化
できない
理由とは?
■社会医学、看護学およびその関連分野

30年度
順位 機関種別名 機関名 新規採択累計数
1 国立大学 京都大学 27.0
2 私立大学 順天堂大学 26.0
3 国立大学 東京大学 24.0
4 国立大学 千葉大学 22.0
5 私立大学 国際医療福祉大学 20.0
6 国立大学 北海道大学 18.0
7 国立大学 長崎大学 17.0
7 私立大学 聖路加国際大学 17.0
9 国立大学 大阪大学 16.0
10 公立大学 和歌山県立医科大学 16.0

近未来の医療の課題に取り組む
セルフマネジメント支援ツール

2030年、日本の高齢化率は31%を超え、加齢によりさまざまな病気を持つ人が増加することが予測されています。一方、医療を支えるスタッフの数は患者さんの数ほど増えず、人的資源の不足や医療の質の低下が懸念されています。この重大な問題を解決する方法のひとつに、ICT(情報通信技術)の活用があります。順天堂大学大学院医療看護学研究科研究科長の植木純先生は、早い時期から患者さんのセルフマネジメント教育に関するICT化に着手。これまでにもタブレットPCを用いたCOPD(慢性閉塞性肺疾患)の患者さんへのセルフマネジメントアプリの開発で実績を挙げてきました。
「患者さんご自身が自分の病気を理解し、これ以上進行しないように予防したり、健康に過ごすため日常生活に気を配るセルフマネジメントは非常に重要なもの。ところが残念なことに、病院で教えてもらえる機会があまり多くないのが現状です」
セルフマネジメントを進めるためのツールで、一般的によくあるのが病院などで見かけるポスターやパンフレット。これがセルフマネジメント支援ツールの「第1世代」です。インターネットや動画などで学ぶのは「第2世代」。医療スタッフが患者さんの健康状態や症状をオンラインでモニタリングしたり対応する、いわゆる遠隔診療が「第3世代」。そして現在、植木先生が開発を進めているのは、医療スタッフの代わりにアプリ自身が対応する「第4世代」です。
「インターネットや電話回線などを通じて医療スタッフが患者さんを見守る第3世代ツールには個人情報を保護するためのセキュリティの高いサーバの使用料や人的資源の投入が必要で、医療費増大に悩み、医療スタッフが不足する時代には厳しくなる可能性があります。そこで私たちはアプリの中だけで完結するオフラインの第4世代アプリの開発を目指し、研究プロジェクトを立ち上げました」

医師や看護師がクリエーターと連携
医療スタッフの経験を反映させたアルゴリズムも

今回の研究チームに参加するスタッフは10名以上。医療側のメンバーは植木先生を中心に、大学院・学部の教員、専門看護師、理学療法士など。他にアプリを制作する上で必要なソフトウェアエンジニア、イラストレーター、動画制作スタッフ、声優など、一人ひとりがその道のプロフェッショナルばかり。入院日数が短い英国で使われるアプリには英国人の教授
(看護師)もチームに加わっています。週1回のWEB会議でエンジニアと企画内容の打ち合わせや課題のすり合わせなどを行います。
今回対象となる疾患は、気管支喘息、SS(I手術部位感染)、慢性心不全の3つ。いずれも患者さんの病状に合わせて初期設定することで、自分の病気への対処法や普段から使用している薬剤や医療機器などについてピンポイントで知ることができます。さらに、患者さんは「1日〇歩ウォーキングする」など自分なりの目標を設定。アプリに登場するメインキャラクターが患者さんを誉めたり励ましたりしながら、日々サポートする仕組みです。
「SSIアプリのメインキャラクターは英国人の女性看護師ケイト。キャラクターの詳細を決めるまで4か月を要しました。アプリではコンピュータの合成音声がよく使われますが、私たちがこだわるのは「生身の人間の声」。一人暮らしのご高齢者が、本物の声で“おはよう”とあいさつされるとうれしいと話してくれます」
制作する上でもっとも苦労するのは、アルゴリズムの設定です。ここでいうアルゴリズムとは、アプリに判断力を持たせる心臓部です。例えば、手術後の患者さんの傷口が細菌感染したとします。その場合、感染したことを評価、早期の受診をうながします。日々の傷口の変化も写真で記録に残ります。この様に医学的根拠をもとにアルゴリズムに組み込んでいきます。
「こうした医療アプリの創作には、実際に患者さんを診て経験が豊富な医師や看護師が関わらないと、医療の場面で使えないものができてしまいます。私たちも判断の過程を洗い出し、何回も組み立て直してアルゴリズムの設計にはずいぶん苦労しました」

▲ 植木先生(左から3番目)と職種、専門分野、学部や大学院、国を超えて編成された研究チームのコア メンバーたち
「手術前の準備をすべて自宅で行って当日入院、入院期間 も短いイギリス対応の英語版SSIアプリ。大腸がん患者さ んを支援するのはイギリス専門看護師のユニフォームを着 たケイト」将来、日本への導入も検討されている。

TVオンエア画像や声優がナレーションを収録するスタジ オで監修しながら、動画制作やキャラクターのセリフ録音 などを行う。研究室の大学院生もアプリ作りに参加するこ とができる。

今後ますます進む医療のICT化
アプリを通じて、医療の質の標準化に貢献したい

植木先生の研究チームで取り組んでいるアプリは、アプリ自身が状況を判断して対応する「ルールベース」とよばれる人工知能(AI)。同じ「第4世代」には機械学習するAIもありますが、この分野では、思考パターンの評価や制限装置の開発など、まだまだ課題が多く残されています。その点、ルールベースアプリは医療スタッフの経験を詳細に反映させ、そこに定めたルールの中で動くため、現時点での優位性は動きません。双方向に対応する包括的な内容のルールベースアプリは世界でも例がなく、先端的な研究といえます。
「今後、小規模な医療施設や医療スタッフ数が限られる環境では、こうしたアプリが医療チームの一員として何らかの役割を果たすようになるかもしれません。全国どこでも標準化された医療を提供することがポイントで、地域によって医療の質にバラツキがあってはなりません。その点、アプリの内容は標準化されていますし、医療スタッフの勉強にもなるはずです」
現在開発中のアプリは順天堂大学の附属病院などで臨床試験を実施して実用化を目指しています。
「以前、COPDのアプリを制作したとき、アプリを使う患者さん・使わない患者さんを無作為に選び、病院で臨床試験を実施しました。すると、使用した患者さんでは、息切れやQOL(生活の質)が改善するなど、人が対応するのと変わらない、とても良い結果が得られたのです。臨床試験が終わった後、病院に導入する時に使用を希望する患者さんが7割以上おられました。アプリを使うこと自体が患者さんの自信につながっていました。今、高校生の皆さんが社会に出る頃には、医療アプリの存在感はますます増しているはずです」

がんクリニカルシークエンス解析に基づいた「骨軟部腫瘍分子標的」の作用機序解明

小児・AYA世代に
多く発症する
骨肉腫
治療法が30年間
進歩しない
現状
がんゲノム医療による
新規治療法を発見
■生体機能および感覚に関する外科学およびその関連分野

30年度
順位 機関種別名 機関名 新規採択累計数
1 国立大学 東京大学 53.0
2 国立大学 大阪大学 50.0
3 私立大学 慶應義塾大学 47.0
4 国立大学 京都大学 42.0
5 私立大学 順天堂大学 34.0
6 公立大学 京都府立医科大学 31.0
7 公立大学 名古屋市立大学 30.0
8 国立大学 東北大学 29.0
9 国立大学 東京医科歯科大学 28.0
10 国立大学 名古屋大学 26.0

若い世代に発症し、手や足の切断に至る骨肉腫
「30年間治療法の進歩がない」という現実

国内で発症する骨肉腫(骨に発生するがん)の患者数は、年間200~300人。症例の少ない希少がんですが、小児及 び思春期から30代までのAYA(Adolescent and Young adult)世代、そして最近では高齢者の発症が多く報告されています。患者数が少ないため、なかなか治療法の研究が進ま ず、昔は発症すると手や足を切断する治療が行われ、5年生存 率はわずか20%。今から30年前に抗がん剤が登場し、手術と薬物療法を組み合わせることで5年生存率(初診時に転移 が認められない場合)は約70%まで上がりましたが、その後 の30年間というもの治療法に進歩が見られませんでした。
順天堂大学医学部整形外科学講座准教授の末原義之先 生が骨肉腫に関わり始めたきっかけは、自身も学生時代にス ポーツに打ち込み、整形外科で骨や筋肉を治療の対象にする機会が多かったため。研究だけでなく手術を執刀することも 多く、目の前で病に苦しむ患者さんのために新しい治療法を 開発したい、という思いが研究の原動力でした。

骨肉腫の検体を遺伝子パネル検査で精査
約40%の患者に治療可能な遺伝子変異を発見

がんは遺伝子の変異などが原因で発症する疾患です。そのため最近では、一人ひとりの患者さんの遺伝子情報に基づいて治療を行う「がんゲノム医療」が盛んになりつつあります。 ここでポイントとなるのが、3~4年前から米国で広まりつつあるがん治療法選択の新しい考え方「バスケット・スタディ」 です。近年、がんゲノム医療が進むにつれ、遺伝子異常を標的 にした薬剤が数多く開発されてきました。その結果、例えば肺がんなら肺がんの薬に、胃がんなら胃がんの薬に遺伝子の変異を抑えるものが数多く登場しています。ところが骨肉腫の 場合、前述したとおり30年間新しい薬が全く開発されていません。それならば、がんの種類にこだわらず、個々の患者さん の遺伝子変異を整理して、似た変異に対応する薬を骨肉腫の患者さんにも投与すればよいのではないか――末原先生は そう考えました。

「バスケット・スタディ」の概念図。患者さん一人ひとりの遺伝子変異を調べ、がんの種類に関係なく、遺伝子変異から治療法を考えるもの。(MSKCCのHPより)

「ところが、骨肉腫は遺伝子変異が少ないがんなのです。そのため2~3年前には、遺伝子変異を標的にする治療は難 しいという報告もありました。しかし、私たちは患者さんを助けなければなりません。他のがんに比べたら、遺伝子変異を見つけるのは難しいかもしれませんが、正しい検体・正しい検 査方法・正しい解析を進めれば、必ず骨肉腫にも治療法が見つかるはず。そう考えて、米国へ2度目の留学をし、懸命に研究を進めました」
がんゲノム医療を進めるためには、多数の遺伝子を一気に調べる「がん遺伝子パネル検査」が必要です。留学先である米国Memorial Sloan Kettering Cancer Center(MSKがんセンター)には「MSK-IMPACT」というがん関連 遺伝子の検査ができる機器があり、これを使って末原先生は 骨肉腫の患者さんの71の手術検体を解析。468個のがん関連遺伝子の遺伝子変化を調べました。すると、がん関連遺伝 子PDGFRA、KIT、KDRやVEGFAの遺伝子増幅、CDK4、 MDM2の遺伝子増幅などを検知することができました。
「実はがん遺伝子は、1つの遺伝子に原因があれば、他の遺伝子はがん発症にあまり関与しないといわれています。こうした遺伝子同士の関係性をひもといていくと、これらが骨肉腫の原因になり得る遺伝子だとわかりました」
この解析の結果、治療可能な遺伝子変異を約21%同定。 さらにマウス実験や細胞実験を重ね、他のがんの薬が約40%の患者さんに有効な可能性が示されました。
「同じ頃、海外では遺伝子増幅とは関係なく、骨肉腫の患者さんに他のがんの治療薬(末原先生が発見している遺伝子変化を阻害する)を投与する治験が行われていました。その結果、やはり約40%の患者さんに効果が現れ、私たちの解析結果とぴったり一致したのです。私が研究で見い出したがん関連遺伝子には、それぞれを標的とする複数の治療薬が存在します。今後はいくつかの問題点をクリアにし、臨床試験も経て、新たな治療法を確立したいと考えています」

▲ 「MSK-IMPACT」を用いた高悪性骨肉腫のがん関連遺伝子の解析結果。遺伝子変化の結果を色付きで示している。ここから治療の標的となるがん関連遺伝子を絞り込 んでいく。(Suehara Y et al. Clinical Cancer Research 2019)

がんゲノム医療で起きる奇跡は全体の5%
1人でも多くの命を救うために研究を推進

「今後は基礎研究と臨床の両輪で研究を進めていく」と力 強く語る末原先生ですが、その研究体制を支えているのは順天堂大学の恵まれた環境だといいます。
「順天堂は学内全体の風通しがよく、各診療科の協力体制 もスムーズ。だからチャレンジングな研究が進めやすいのです。例えば、前述のMSK-IMPACT検査は、私が1度目の米国 留学で日本へ持ち帰ったものです。当時はどんな検査機器なのか知られていませんでしたが、順天堂の関連分野の先生方 が私の話に耳を傾けてくださり、日本で初めて導入することができました。チャレンジできる風土がよい研究を生み、科研費をたくさん獲得して、さらに研究が進む。いい循環が生まれていると感じます」

新築されたばかりの研究棟にて。基礎研究と臨床現場が密接につながり合 うトランスレーショナルリサーチが進む。

最近では、軟部肉腫の治療法でも医学の進歩を示すエピソードを耳にするようになりました。それは2016年、末原先生が2度目の米国留学に発つ前のこと。腕に肉腫ができた6 歳の女の子が順天堂医院を訪れました。腕にはできる限り残 しておきたい血管や神経などがあるため、切除できる範囲で切除手術を行ったのですが、その後再発。そこで末原先生は MSK-IMPACT検査を使ってバスケット・スタディを実施し、 NTRKという融合遺伝子を日本で初めて発見しました。すでに存在するNTRK融合遺伝子に効果のある抗がん剤が有効 だと留学先で教えられ、女の子に投与したところ、がんが完全 に消えたのです。
「その女の子は腕を切断せずにすみ、1年たった今も元気です。このときはご本人やご家族からずいぶん感謝され、私も医師・研究者としてのやりがいを感じました。こんな奇跡のような話は全体の5%程度ですが、がんゲノム医療では実際に起きる可能性があります。わずか5%でも、患者さんが20 人いれば1人は救うことができる。そう考えると研究意欲が湧きますし、1人でも多くの患者さんを救うためにも新たな治療法の確立を目指しています」

遺伝子発現異常を生じるミトコンドリア病原因変異の包括的解析

遺伝子が原因で起きる
ミトコンドリア病
新しい遺伝子
解析方法
を提案
10の原因遺伝子
世界で初めて確定
■内科学一般およびその関連分野

30年度
順位 機関種別名 機関名 新規採択累計数
1 国立大学 大阪大学 36.0
2 私立大学 順天堂大学 32.0
3 国立大学 東北大学 30.0
3 国立大学 京都大学 30.0
5 国立大学 東京大学 29.0
6 国立大学 名古屋大学 27.0
6 国立大学 九州大学 27.0
8 国立大学 神戸大学 25.0
9 公立大学 京都府立医科大学 23.0
10 私立大学 慶應義塾大学 22.0

幼い子供の命を奪う難病・ミトコンドリア病
原因となる遺伝子の3分の2がいまだに未解明

細胞内のミトコンドリアの働きが低下することで起きる難病・ミトコンドリア病。生まれた赤ちゃんの約5,000人に1人 が発症する、先天性代謝疾患の中でもっとも発生頻度が高い病気です。子供の患者さんの場合、2歳未満に発症するケー スがほとんど。症状は重篤で、成長できないまま亡くなってしまう事例が少なくありません。順天堂大学大学院医学研究科の難治性疾患診断・治療学教授の岡﨑康司先生は他大学や学外の医療機関との共同研究を通じて、長くミトコンドリア病の研究に取り組んできました。
「国内の年間出生数を約100万人とすると、毎年約200人のミトコンドリア病の赤ちゃんが誕生していることになります。私たちは他大学や医療機関と協力しつつ、年間100人ぐらいの患者さんの遺伝子検査をしています。つまり、毎年発症する全国のミトコンドリア病患者さんの約半数に関わっていることになります」
ミトコンドリアは体内でエネルギーを生み出す機能があり、その働きが低下すると、てんかん・心筋症・運動障害など、さまざまな症状が現れます。病気の原因は遺伝子の異常によりますが、岡﨑先生の研究でも原因遺伝子を確定できた患者さんはおよそ3分の1。そして、原因遺伝子の候補があるものの確定できない人が3分の1。残る3分の1は候補すら上がっていない状況でした。このような患者さんの候補遺伝子を臨床診断や機能解析により確定させ、治療へと結びつけることが医療の現場で求められており、そのための研究が今回の科研費の対象となりました。

大学内にある先進の検査・実験機器を駆使
3つの解析方法を合わせるチャレンジングな試み

遺伝性難病の原因遺伝子を確定するためには標的とな る遺伝子の詳細な解析が必要です。そのため従来の研究では、「全エクソーム解析」と呼ばれる手法が用いられてきました。「全エクソーム解析」とは、ヒトゲノムのうち、たんぱく質をコードする領域を解析するもの。岡﨑先生の研究でも、「全エクソーム解析」を行うことで、原因遺伝子を確定できた患者さんの割合を42%まで高めることができました。さらに診断率を高めるため、岡﨑先生は遺伝子をコードするエクソン領域だけではない「全ゲノム解析」を実施。同時に「RNAシーケン ス」「プロテオーム解析」という3つの解析を合わせて行うチャレンジングな方法を提案しました。
「私たちが行っているのは、遺伝子の全てのセット(全ゲノ ム)、RNAの全てのセット(トランスクリプトーム)、たんぱく質の全てのセット(プロテオーム)を合わせた研究です。いろいろな疾患領域でこうしたアプローチは試みられていますが、ミトコンドリア病領域では初めて。そもそも全エクソーム解析を日本で初めて採り入れたのも我々の研究グループですし、非常に得意とする分野なのです。このように新たなアプローチで疾病原因を解明すること自体が、とてもチャレンジングな試みといえます」
研究の過程でよく使われるのが、遺伝子の塩基配列を高速で読み取る「次世代シーケンサー」と呼ばれる機器。また、異常と思われる細胞に正常な遺伝子を導入し、エネルギー産 生能力が戻るかどうかを確かめるためのレスキュー実験もしばしば実施されます。さらにDNAの鎖を切断し、遺伝子配列を自由に切除したり、置換したり、挿入する遺伝子改変技術も駆使。技術開発により生まれた新たな実験方法を組み合わせ、ミトコンドリア病の細胞の病態解明に迫ります。
「順天堂大学には難病の診断と治療研究センターがあり、 私はそこのセンター長も務めています。学内には一連の実験を行う設備が整っており、隣接する順天堂医院では臨床がしっかりしており臨床試験や、治験も活発に行われています。また、コンピュータ解析も非常に重要な工程ですが、学内に最新の大型コンピュータ機器が揃っており、連携もスムーズです。研究室の大学院生にも、一連の遺伝子検査やその後の解析、細胞の培養実験やレスキュー実験などに参加してもらっています」

新築されたばかりの研究棟の共通解析室で、岡﨑先生の研究チームが実験を進行中。
遺伝子変異を起こした細胞に正常な遺伝子を挿入したと ころ、それまでつくられていなかった重要なたんぱく質が 正常につくられるようになった。

ミトコンドリアは全身の細胞の中にあり、その内部にミトコンドリアDNAを持っている。ただし、ミトコンドリア病の原因遺伝子はむしろ核遺伝子の方に多く存在する。

10を超える原因遺伝子を世界で初めて発見
一人ひとりの患者さんに沿った治療法を提案したい

これまで岡﨑先生の研究チームは10を超えるミトコンドリア病の原因遺伝子を世界で初めて同定。これらの研究成果をもとに、新薬の治験が始まっています。
一般的に、新薬の開発には膨大なコストがかかります。そのため、患者さんの絶対数が少なく、新薬をつくっても開発コ ストの回収が見込めない難病の薬は、製薬会社などによる治験がなかなか行われない傾向があります。そんな場合に行われるのが、医師主導型の治験。順天堂医院でも新薬の開発を目指した医師主導型治験が進められています。
「それもこれも困っておられる患者さんのため。私たち医 師は患者さんと直接顔を合わせ、病気の深刻さやご家族の苦悩に触れています。そんな姿を目にすると、“1日も早く治療に結びつく研究がしたい!”と自然に考えるようになります」
また、病気が生み出す偏見を研究成果が払拭することも。
ミトコンドリアDNAは母親から子供へ遺伝(母系遺伝)することが広く知られており、生まれた子供がミトコンドリア病と判明したとたん、大変残念なことに母親が一方的に責められるケースも存在します。ところが研究を進めてみると、ミトコンドリア内で働くたんぱく質のほとんどが細胞核でつくられていることが判明。ミトコンドリア病の原因はミトコンドリアDNAだけでなく核DNAにも由来する、つまり母親だけでなく父親の遺伝子も関与することが証明され、父母の両方の遺伝子が病気に関わることがわかるようになってきました。
「難病の裏にはいろいろなストーリーがあるのです。ミトコンドリア病の原因は1,500程度あると言われています。最先端のゲノム情報を使って病態を解明し、患者さん一人ひとりの発症原因を丁寧に切り分けて、“この遺伝子異常にはこの治療を”と提案していくことが私たちの使命です」

フグの毒化に及ぼすヒラムシの影響―真のフグ毒生産者はだれか?

フグはなぜ
を持っている?
フグの毒は
どこから来るのか?
フグ毒の研究から
見える未来とは?
■森林圏科学、水圏応用科学およびその関連分野

30年度
順位 機関種別名 機関名 新規採択累計数
1 国立大学 東京大学 27.0
2 特殊法人・
独立行政法人等
国立研究開発法人
森林研究・整備機構
24.0
3 国立大学 京都大学 23.0
4 特殊法人・
独立行政法人等
国立研究開発法人
水産研究・教育機構
19.0
5 国立大学 北海道大学 15.0
6 国立大学 九州大学 9.0
7 国立大学 東京海洋大学 8.0
7 国立大学 長崎大学 8.0
9 国立大学 三重大学 7.0
10 国立大学 静岡大学 5.0
10 国立大学 宮崎大学 5.0
10 私立大学 日本大学 5.0
10 特殊法人・
独立行政法人等
国立研究開発法人
海洋研究開発機構
5.0

フグの毒は“母親からの贈り物”
無毒フグと有毒フグの比較実験で証明

古くから美味な食材として親しまれてきたフグ。しかし、フグには猛毒があり、中毒事故が絶えなかったため、食用にするための部位や調理資格者などが法律で細かく制限されています。日本大学生物資源科学部准教授の糸井史朗先生がフグ毒の研究に着手したのは2008年春。研究室の学生から
「どうしてもフグ毒の研究がしたい」と相談を受けたことがきっかけでした。
「いざ着手してみると、昔から研究されているにもかかわらず、意外にわかっていないことが多くありました。研究が進むにつれ、次々に新たな事実が明らかになるのも面白く、今では私自身がすっかりハマっています(笑)」
研究の大きな柱は大きく分けて2つ。1つ目の柱は、「フグは何のために毒を持っているのか?」。
「フグが毒化するのは自分の身を守るためだろう、と漠然と言われてきましたが、証明する事実がありませんでした。例えばトラフグの場合、肝臓と卵巣に毒があるのですが、敵がそこに達したときにはフグ自身はすでに死んでいるはずで、身を守ることにはつながらない。謎を解明するため、トラフグとクサフグを使って実験を始めました」まず生まれたばかりのトラフグの子どもをスライスし、フグ毒だけを染める特殊な化学染色で調査したところ、体表に毒を確認でき、機器分析でも微量の毒が検出されました。これをメジナなど無毒の魚に与えると、口にくわえるもののすぐに吐き出す様子が観察でき、体表の毒が身を守っていることが判明。ところが、この成果を論文にまとめて発表したところ、ある専門家から「それはフグ毒ではなく体表の粘液が原因ではないか」と指摘を受けたそうです。この指摘に答えるため、糸井先生は「無毒な子どもを作って、有毒な子どもと比較すれば、吐き出す原因がフグ毒であることが明らかになるのではないか」と考えました。無毒の子どもを作るには、まず無毒の親を手に入れて、無毒の環境で子どもを産ませる必要があります。その飼育実験が短期間でできるのはトラフグよりもクサフグでした。そこで江の島海岸に産卵に来るクサフグを捕まえ、卵を採取。これに無毒のエサを2年間投与し続けて無毒の成体を作り、そこから卵を人工授精させ、無毒の稚魚を入手しました。これを前述のメジナに与えると、吐き出すことなく食べられてしまったそうです。
「このように有毒の子どもと無毒の子どもを比較することで、非常にクリアな結果を得ることができました。無毒の子どもは化学染色に染まらず、機器分析でも毒が検出されず、これではっきりと“毒のおかげで食べられない”とわかったのです。フグは天敵から身を守る毒を生まれたときから身にまとっている――私はこれを“母親からの贈り物”と呼んでいます」

フグ類同士の毒循環で効率的に毒化する――
未解明のフグ毒化機構にひとつの解決策を提示

研究の2つ目の柱は、「フグはどこから毒を手に入れているのか?」。
従来の通説は、「バクテリアが作った毒が食物連鎖を経てフグの体内に溜まっていく」というもの。しかし、バクテリアが作れる毒の量はほんの微量で、「それではフグが持つ膨大な毒の量に達しない」との指摘もありました。
そこで研究チームは、三浦半島でクサフグのサンプリングを1年半に渡って実施。獲れたクサフグの消化管から、大量のヒガンフグの卵を発見しました。ヒガンフグも卵巣に猛毒を持っており、卵ももちろん猛毒。要するに、同じフグ類の体内で高濃度に毒が蓄積された卵を食べることで、クサフグは自らも効率よく毒化していると考えることができます。さらにトラフグで飼育実験を行ったところ、有毒の卵を与えてわずか2日で皮膚まで毒化することがわかりました。

海洋生物実験センターにある魚類飼育室では、採取してきたトラフグやクサフグ、オオツノヒラムシの卵や成体が水槽ごとに管理されている。生物の世話は4年生の担当だ。
生まれたばかりのトラフグの子どもをスライスした顕微鏡写真。免疫組織化学染色により、トラフグの体表に毒が存在することが確認された。矢印が示す部分に毒がある。

増殖環境学研究室に所属するのは、4年生25名と院生2名。毎年多くの学生が研究室への配属を希望する

「つまり、食物ピラミッドの最下層にいるバクテリアが作る毒量が少なくても、フグ類を中心とする有毒の高次消費者同士で毒を循環させることで、とても効率よく毒を獲得できる。これまでよくわかっていなかったフグの毒化機構に、ひとつの解決策を提示することができました」
さらに、フグは他にも高濃度の毒を含むエサを食べている可能性がある――そう考えた糸井先生は、三浦半島から江の島海岸にかけて大量に生息するオオツノヒラムシに着目しました。オオツノヒラムシとはプラナリアと近縁な扁形動物で、フグと同じ毒を持つことが知られています。3月末~4月初めに産卵し、大量の幼生がプランクトンのように海を漂います。
「クサフグはこの幼生を食べて毒を獲得しているのではないか」と推測した糸井先生は、7月に江の島海岸でクサフグを採取。遺伝子分析の結果、オオツノヒラムシのDNA配列を確認しました。
「実はフグ類は地域によって持っている毒の量が異なります。これはオオツノヒラムシに代表されるツノヒラムシの仲間の資源量に依存しているのではないか、と私は考えています。今、欧州で二枚貝のフグ毒の蓄積が問題になっているのですが、ここでもツノヒラムシの仲間が関係していると私は睨んでいます。ツノヒラムシの仲間は南方系の生き物なので、地球温暖化が進めば分布域が広がり、無毒の生物の毒化が進む可能性があります。今後、フグ毒中毒にかかる人が増えるかもしれません」

フィールドワーク、実験、論文作成…
全ての工程に学生が関わり、大きな戦力に

湘南に近い地の利を活かしたフィールドワーク、学内の設備をフル活用した各種実験、そして論文作成と、精力的に動く糸井先生ですが、研究室の学生はその全ての過程に関わっています。フィールドワークは近場の海岸だけでなく、科研費を利用し、共同研究機関の調査船に乗り込んで実施することも。また、発表する論文の中には、研究に貢献した学生の名前を共著者として加えています。
「研究は仮定の設定から入り、その大半は私の妄想だったりします。しかし、本学の学生は素直にフィールドワークや実験に取り組んでくれ、そこから予期しなかったデータが出て来ることが少なくありません。先入観を持たずに行動することの大切さを、学生から教えられています」