医療介護施設や企業との連携体制を通して 社会が求める「工学×リハビリ」「工学×看護」技術を創造

人に必要とされるものづくりは
社会を深く知ることからはじまる

工学技術をベースとしたものづくりにおいて、どのようにして社会に必要とされるものをつくるか、利用する現場の人たちが求めているものを、使いやすく利用環境に適応した仕様でいかに開発していくかという観点は、技術の進歩と同様に、テクノロジーを社会に還元していく上でとても重要となる考え方です。
金沢工業大学の鈴木亮一先生が取り組んでいるのは、制御工学の技術をベースとした生活支援技術、福祉医療支援技術の研究開発。医療介護の現場における補助作業やリハビリテーションに活用できる機器開発、技術研究を進めています。
「私の研究は何よりまず“現場”に足を運んで、何が必要とされているのかをリサーチし、現場の人たちの話を聞くところからスタートします。社会が必要としている技術や価値を、工学技術を活用して提供することがテーマであり使命。より高度な機器を開発することも大切ですが、私が考えているのはまず人の役にたつ、人に必要とされる、ということです」
社会が求めるもの、人に必要とされるものを開発するためには、工学などの技術を追究するだけではなく、社会や人々の暮らし、サポートできる人々の存在、現場の悩みや要望を知らなくてはいけません。そのために鈴木先生と研究室の学生たちは、月に1~2回、医療施設を訪れ、どのようなニーズがあるのか研究開発のアイデアを探るとともに、制作した機器を実際に使用してもらってその効果や改善点を現場の人たちと共有しながら、より現場に適した機器に仕上げていくという研究開発プロセスを採っています。
「私は制御工学を専門としてきましたが、現場のニーズを追究していくと、時には複雑な制御技術を使用しない機器が必要となる場面もあります。しかしそのことは大きな問題ではありません。使う人たちのことを第一に考えるならば、様々な技術を組合せ、問題解決を図ることが重要です」

チェアスキーの普及を目的とした取り組みの一環として、学生が中心となって開発した仮想現実(VR)の技術を使ったチェアスキーの体験装置。

その人が持つ力を引き出すための
「助け過ぎない」支援技術

人に必要とされているものづくりをコンセプトに鈴木先生と研究室の学生たちは、「片手で操作できる車いす」「省スペースで利用できる立ち上がり動作支援装置」「屋外用歩行動作支援装置」など、さまざまな生活支援技術、福祉医療支援技術を開発し、その研究テーマは現場のニーズを起点としながら、現在もさらに広がっています。そしてこれら鈴木先生の手掛ける支援技術には、いくつかのポイントが置かれています。それは
・着脱が簡単であること
・他の行為が制限されないこと
・過剰に助け過ぎないこと
これらは介護対象となる人が持っている力や潜在的な力を手助けしてあげること、残存能力を拡張することによって介護対象となる人の機能回復や自立支援をめざすという、支援機器開発に対する鈴木先生の考え方によるものです。「たとえば麻痺等によって片腕しか使えない方に向けて開発した片手で操作できる車いすがありますが、そういう方たちに対して『電動車いすで支援したらいいじゃないか』という考え方もあります。しかしそれは、動かせる腕や足などを使う機会がなくなり、能力の衰えに繋がってしまいます。そうではなくて、できればいまある能力を長く保ちながら、その人の生活を支援していきたい。それがその人のためになると私は考えています」
車いすを片腕で押してしまうと力が左右不均等になるためまっすぐ進むことができないが、鈴木先生が開発した車いすは、片腕で片側の車輪をまわしたことを車いすが感知・計測し、内部の制御機構が力のかからない側の車輪の動きを補助するというもの。ほかにも腕の力が衰えている方の食事補助を目的に、腕を上げ下げする微小な力を感知・計測しながらその動作をサポートする上腕動作支援機器など、支援機器はどれも介護対象者が自分で活動するための「もうひと押し」を実現するものとなっています。

試作した装置は利用現場の方たちを交えながら多角的に評価を行う(写真は歩行支援装置)。このプロセスが利用環境に即し、ニーズに的確に応えるものづくりにつながっていく。

現場や他分野との協働が
研究室ではできない発見を生む

制御工学の技術を活用した支援装置の一方で、鈴木先生の言葉通り、現場のニーズに即した支援装置の研究開発は、その技術の範囲にとらわれることなく進んでいます。その一例が介護対象者の立ち上がり動作と機器で補助するタイミングが合わせられるように声かけ機能を装備した立ち上がり動作支援機、歩行訓練を行う際に骨盤をやさしく支えてあげるリハビリ機器などです。
「理学療法士、作業療法士の方たちの仕事を見ていると、例えば声をかけるだけで対象者の力が引き出されるなど、ポイントを押さえれば目的達成に近づけるのだという気付きがあります。また実際につくった機器が、例えばサイズや駆動音が大きすぎるというように使用環境に適応していないことで、改善が必要になるケースも少なくありません。このような問題を解決することは技術的に難しいものではないですが、研究室にいるだけではわからないことです。現場を見て、機器を使用する人たちの姿を思い描いて開発に取り組んでいくことの大切さを学生にも説いています」
さらに鈴木先生は異なる分野と連携していくことの大切さと意義についてもこう語ります。
「私たちが医療介護の現場で多くの気付きを得るように、他分野で当たり前のことが、私たちにとって新しい発見になることがあり、またその逆も当然あり得ます。もちろんこれは医療介護の分野に限りません。外の世界にネットワークを広げて、他分野の人たちと協働して意見や知識を共有しながら、社会のニーズを探り、必要とされるものを開発していく。エンジニアとして新しいものをつくろうとした時、こういった考え方は今後、さらに大事になってくるはずです」
このようにして鈴木先生は学生たちとともに、多くの医療介護施設はもとより、大手電機メーカーとともに歩行支援装置を、大手精密機器メーカーとともに起立着座動作支援装置を、住宅建材メーカーとともに高齢者向け建材を開発するなど、多彩な分野との連携をとりながらその研究開発を進めています。

物事の本質を見出す力があれば
アプローチ方法は多種多様でいい

「制御やロボティクスといった分野からはじまった研究は、人の生活を何かの形で支援するための機器開発、という大きな目的に変容してきました」という鈴木先生ですが、その研究の広がりを表す近年のテーマに、チェアスキーの普及に関する活動があげられます。
チェアスキーとは下肢に障がいのある人向けのスキーで、座って滑走することができるもの。長くパラリンピックの正式競技であるものの、日本ではまだ知名度も高くなく、鈴木先生は障がいの有無にかかわらず多くの人にチェアスキーを楽しんでもらえる環境づくりに取り組んでいます。この研究は日本チェアスキー協会やチェアスキーに取り組む方たちとも連携して行っており、実際のチェアスキーの体験会に足を運ぶこともあるといいます。2019年には研究室の学生が中心となり、仮想現実(VR)の技術を使ったチェアスキーの体験装置を開発。そのほか入門用のチェアスキーの開発に取組むなど、チェアスキーという競技自体をより多くの人に知ってもらうための周知活動に積極的に関わっています。
「学生たちには物事の本質をとらえる力を身につけてほしいと考えています。どこに問題があるのか、何を解決すればより良い世界をつくることができるのか。技術や知識はそれに取り組むためのツールであり、その取り組み方に制限はありません。社会の問題に対する私のアプローチがどんどんと広がっていったように、社会と積極的に触れ合い、時代の変化に合わせながら、社会に必要とされる新しい価値を生み出せることが大切です」

腕を上げ下げしようとする利用者の力を感知・計測し、その力に応じて制御を行いながら動作サポートを行う上腕動作支援装置

大手精密機器メーカーと共同開発した、狭所空間でも使用できる起立着座動作支援装置。ニーズに応じた改善を重ねた結果、当初装備される予定の制御機構は省略されることとなった。
腕を上げ下げしようとする利用者の力を感知・計測し、その力に応じて制御を行いながら動作サポートを行う上腕動作支援装置

大手精密機器メーカーと共同開発した、狭所空間でも使用できる起立着座動作支援装置。ニーズに応じた改善を重ねた結果、当初装備される予定の制御機構は省略されることとなった。