革新的な双方向モバイルアプリケーション導入による新規セルフケア支援システムの構築

医療の現場でアプリが
求められる理由
とは?
医療者が介入しない
第4世代アプリ
医療者なしでは実用化
できない
理由とは?
■社会医学、看護学およびその関連分野

30年度
順位 機関種別名 機関名 新規採択累計数
1 国立大学 京都大学 27.0
2 私立大学 順天堂大学 26.0
3 国立大学 東京大学 24.0
4 国立大学 千葉大学 22.0
5 私立大学 国際医療福祉大学 20.0
6 国立大学 北海道大学 18.0
7 国立大学 長崎大学 17.0
7 私立大学 聖路加国際大学 17.0
9 国立大学 大阪大学 16.0
10 公立大学 和歌山県立医科大学 16.0

近未来の医療の課題に取り組む
セルフマネジメント支援ツール

2030年、日本の高齢化率は31%を超え、加齢によりさまざまな病気を持つ人が増加することが予測されています。一方、医療を支えるスタッフの数は患者さんの数ほど増えず、人的資源の不足や医療の質の低下が懸念されています。この重大な問題を解決する方法のひとつに、ICT(情報通信技術)の活用があります。順天堂大学大学院医療看護学研究科研究科長の植木純先生は、早い時期から患者さんのセルフマネジメント教育に関するICT化に着手。これまでにもタブレットPCを用いたCOPD(慢性閉塞性肺疾患)の患者さんへのセルフマネジメントアプリの開発で実績を挙げてきました。
「患者さんご自身が自分の病気を理解し、これ以上進行しないように予防したり、健康に過ごすため日常生活に気を配るセルフマネジメントは非常に重要なもの。ところが残念なことに、病院で教えてもらえる機会があまり多くないのが現状です」
セルフマネジメントを進めるためのツールで、一般的によくあるのが病院などで見かけるポスターやパンフレット。これがセルフマネジメント支援ツールの「第1世代」です。インターネットや動画などで学ぶのは「第2世代」。医療スタッフが患者さんの健康状態や症状をオンラインでモニタリングしたり対応する、いわゆる遠隔診療が「第3世代」。そして現在、植木先生が開発を進めているのは、医療スタッフの代わりにアプリ自身が対応する「第4世代」です。
「インターネットや電話回線などを通じて医療スタッフが患者さんを見守る第3世代ツールには個人情報を保護するためのセキュリティの高いサーバの使用料や人的資源の投入が必要で、医療費増大に悩み、医療スタッフが不足する時代には厳しくなる可能性があります。そこで私たちはアプリの中だけで完結するオフラインの第4世代アプリの開発を目指し、研究プロジェクトを立ち上げました」

医師や看護師がクリエーターと連携
医療スタッフの経験を反映させたアルゴリズムも

今回の研究チームに参加するスタッフは10名以上。医療側のメンバーは植木先生を中心に、大学院・学部の教員、専門看護師、理学療法士など。他にアプリを制作する上で必要なソフトウェアエンジニア、イラストレーター、動画制作スタッフ、声優など、一人ひとりがその道のプロフェッショナルばかり。入院日数が短い英国で使われるアプリには英国人の教授
(看護師)もチームに加わっています。週1回のWEB会議でエンジニアと企画内容の打ち合わせや課題のすり合わせなどを行います。
今回対象となる疾患は、気管支喘息、SS(I手術部位感染)、慢性心不全の3つ。いずれも患者さんの病状に合わせて初期設定することで、自分の病気への対処法や普段から使用している薬剤や医療機器などについてピンポイントで知ることができます。さらに、患者さんは「1日〇歩ウォーキングする」など自分なりの目標を設定。アプリに登場するメインキャラクターが患者さんを誉めたり励ましたりしながら、日々サポートする仕組みです。
「SSIアプリのメインキャラクターは英国人の女性看護師ケイト。キャラクターの詳細を決めるまで4か月を要しました。アプリではコンピュータの合成音声がよく使われますが、私たちがこだわるのは「生身の人間の声」。一人暮らしのご高齢者が、本物の声で“おはよう”とあいさつされるとうれしいと話してくれます」
制作する上でもっとも苦労するのは、アルゴリズムの設定です。ここでいうアルゴリズムとは、アプリに判断力を持たせる心臓部です。例えば、手術後の患者さんの傷口が細菌感染したとします。その場合、感染したことを評価、早期の受診をうながします。日々の傷口の変化も写真で記録に残ります。この様に医学的根拠をもとにアルゴリズムに組み込んでいきます。
「こうした医療アプリの創作には、実際に患者さんを診て経験が豊富な医師や看護師が関わらないと、医療の場面で使えないものができてしまいます。私たちも判断の過程を洗い出し、何回も組み立て直してアルゴリズムの設計にはずいぶん苦労しました」

▲ 植木先生(左から3番目)と職種、専門分野、学部や大学院、国を超えて編成された研究チームのコア メンバーたち
「手術前の準備をすべて自宅で行って当日入院、入院期間 も短いイギリス対応の英語版SSIアプリ。大腸がん患者さ んを支援するのはイギリス専門看護師のユニフォームを着 たケイト」将来、日本への導入も検討されている。

TVオンエア画像や声優がナレーションを収録するスタジ オで監修しながら、動画制作やキャラクターのセリフ録音 などを行う。研究室の大学院生もアプリ作りに参加するこ とができる。

今後ますます進む医療のICT化
アプリを通じて、医療の質の標準化に貢献したい

植木先生の研究チームで取り組んでいるアプリは、アプリ自身が状況を判断して対応する「ルールベース」とよばれる人工知能(AI)。同じ「第4世代」には機械学習するAIもありますが、この分野では、思考パターンの評価や制限装置の開発など、まだまだ課題が多く残されています。その点、ルールベースアプリは医療スタッフの経験を詳細に反映させ、そこに定めたルールの中で動くため、現時点での優位性は動きません。双方向に対応する包括的な内容のルールベースアプリは世界でも例がなく、先端的な研究といえます。
「今後、小規模な医療施設や医療スタッフ数が限られる環境では、こうしたアプリが医療チームの一員として何らかの役割を果たすようになるかもしれません。全国どこでも標準化された医療を提供することがポイントで、地域によって医療の質にバラツキがあってはなりません。その点、アプリの内容は標準化されていますし、医療スタッフの勉強にもなるはずです」
現在開発中のアプリは順天堂大学の附属病院などで臨床試験を実施して実用化を目指しています。
「以前、COPDのアプリを制作したとき、アプリを使う患者さん・使わない患者さんを無作為に選び、病院で臨床試験を実施しました。すると、使用した患者さんでは、息切れやQOL(生活の質)が改善するなど、人が対応するのと変わらない、とても良い結果が得られたのです。臨床試験が終わった後、病院に導入する時に使用を希望する患者さんが7割以上おられました。アプリを使うこと自体が患者さんの自信につながっていました。今、高校生の皆さんが社会に出る頃には、医療アプリの存在感はますます増しているはずです」