大学・産業界・行政・施設等19組織の連携体制で 介護医療コンシェルジュロボットを開発

人間の作業を代行するだけでなく
自律的に活動できるロボットとして

介護医療の現場で職員や介護対象者を助けるロボットというと、どのような役割が思い浮かぶでしょうか。往々にしてロボットに人を助けるための機能を付けて、あくまで人のサポートを行う、作業を代行してもらうというイメージが湧いてきますが、「人間と機械の共生」を研究の大きなテーマとする神奈川工科大学の三枝亮先生が描くビジョンはそれとは少し異なります。
「単なる人間の道具として機械が存在するのではなく、人間と機械が共生するという状況をつくり出すには、人間と機械がそれぞれ影響し合い、より高め合うという関係性が求められます。現在のように人間が機械に物事を教えるだけでなく、機械から人間が物事を学んでいく未来を描いていく。それによって人間は次のステージへと進歩し、社会はより豊かなものになるだろうと考えています」
三枝先生が手掛ける介護医療コンシェルジュロボットは、夜間には施設内や居室を巡回して施設全体を見守り、昼間には介護対象者の近くに寄り添い声をかけながら、手を繋いでバイタルサインを計測しつつ、リハビリの支援をする。従来の単純な移動巡回や薬物搬送を行うロボットとは違い、自律性が高く、対人的な応答性を備えたことによる高いコミュニケーション力が大きな特徴となっています。
「現場の業務負担をより効果的に軽減すること、介護対象者の日常を活性化して生活の質を向上させることが目的です。そのためには、ロボットはこれまでの『道具』という枠を越えて、人間から教わることに加えて自律的に学ぶこと、そして人間に対して何かを教えていける存在になることが必要だったのです」など世界のさまざまな課題解決に役立てられる日を願いながら、今日もこつこつと、研究を進めています。

多面的に介護医療を支援する
コンシェルジュロボットの機能

三枝先生が手掛ける介護医療コンシェルジュロボットの研究開発は、3つの大学、1つの研究所、9つの企業、5つの施設、1つの省庁が関わる非常に大規模な産学官連携のプロジェクトであり、研究はターゲットによる切り分けを軸に、大きく3つのテーマが存在しています。
ひとつめが「バリアフリーな見守りロボットの開発」。これは介護医療コンシェルジュロボットのベースとも言えるもので、日本で初めて接触を感知する柔軟外装で全体を覆ったロボットを開発。この技術は国際特許を取得しています。
柔軟外装を使用することで、高齢者、障がい者、子供でも安心して触ることができ、「声かけ」「付き添い」「触れ合い」といったコミュニケーションを通して、機械に対して人がより親しみを持つことができます。また、ロボットには3次元熱点群計測が設置され、暗い夜間の巡回でも、人の有無や姿勢を検知することが可能。たとえば廊下で倒れている人を発見した際には、呼吸の有無や安定性を認識して、職員にアラートを発信する仕組みです。巡回で検知した状況や施設利用者へ声かけを行った情報等はデータとして職員に共有され、ロボットは自律的にステーションに帰還し充電を行います。
2つめのテーマが「口腔、顔部、顎部で操作できるインターフェースの開発」。これはベッドからの移動が困難な人や脊髄損傷者などを対象としたもので、自分の代わりにロボットが病室外で活動し、他の人や職員とのコミュニケーションを実現するもの。身体が動かない人のためのリアルなアバター・キャラクター、というとイメージがしやすいかもしれません。これにより身体が動かない人でも病室外へと行動領域が広がり、活動意欲が高まって、日常生活が活性化する効果が見込まれます。
ロボットの操作は舌などの口腔や顎だけで行うことができ、ロボットに設置されたモニターに表示される表情や音声を使って、利用者は外部に意志を伝達します。一方ロボットは利用者の操作だけでなく、深層学習で周辺の人や物を認知し、方位や距離を触覚に変換して利用者に伝達。また利用者の知覚操作と自律制御のバランスを深層学習することで、使用するほどによりスムーズな操作を実現していきます。なお病室内にいるときには、ベッド周辺に設置する検知装置を活用した利用者を見守る役割を担当。職員の連絡を仲介する役割も担い、職員が病室まで足を運ばなくても介護対象者とコミュニケーションを図ることが可能となります。

介護医療コンシェルジュロボットは、研究モデルの「Lucia(ルチア)」(上段)と普及モデル(下段)で区分して製作を進行する。高さは110cm程度で自律的にステーションに戻って充電を行う仕組み。

人間のリハビリを機械が指導し
施設全体の健康管理を機械が行う

そして3つめのテーマが「触れるだけでバイタルサインが計測できる多自由度駆動アームの開発」。これは介護対象者の健康状態を検知することを目的に、ロボットに設置したアームに触れることで、血圧や脈拍を計測できるもの。ロボットと手を繋ぎながら移動しているだけでバイタルのデータがいつの間にか計測され、職員に共有されるというイメージです。また健康状態の計測はこのアームに加え、深層学習による顔検出と温度計測でも行われ、ロボッ
トは施設内を巡回する中ですれ違う利用者の顔を認識し、非接触で体温を計測。体温が高い利用者がいた場合にはその情報を職員に伝達します。
このアームは歩行訓練などのリハビリ支援にも使用され、利用者を手繋ぎで誘導するだけでなく、歩行特性を認識して異常性を検知する他、アームからの振動や映像、音響による刺激を利用者に与えることで、利用者の歩き方や姿勢をより良く改善していく機能も設置されています。そしてこのように取得された複数の利用者の健康状態や運動データは蓄積・共有され、結果として施設全体の健康管理に効果を発揮するのです。介護対象者に寄り添いながら見守る役割、身体の動かない人が病室外で活動するためのデバイス、リハビリ支援を行いながら施設全体の健康管理を行う存在という多くの役割をひとつで担う介護医療コンシェルジュロボットは、プロジェクト完了後に製品販売を開始し、市場の反応を分析している現状にあります。
「ロボットとセンサネットワークの強化や集積したデータをクラウドシステムで動的に分析する機能など、今後の改善点もありますが、一方で介護医療の現場でのロボットの必要性を社会的に認知してもらうことも大切です。現場の職員の方に私たちの取り組みを伝えたり、逆に意見をもらったりすること。社会と介護医療現場と開発研究の人たちが立場を越えて協力し合うことで、社会実装への道は開かれていくはずです」

「意志のある道具」との関係が人間の
未来に大きく影響する

介護医療の現場で広く活躍する機能と個性を持ったコンシェルジュロボット。現在はその実用拡大に向けて歩みを進めている三枝先生ですが、その視線はさらに先にある未来を見据えています。
「ロボットや機械には、人類を進化させる可能性があると考えています。人は道具を使いはじめた時に大きく進化しましたが、機械やロボットはこれから『意志のある道具』となっていきます。その意志とどのような関係性を築くことができるか、お互いに成長し合えるものとなれるのか。その時が人間の未来を大きく変える転換期になるでしょう」
まるでSF映画のような話ですが、機械の自律性と深層学習の技術が大きく進化するいま、これは決して非現実的な話ではありません。そしてこれは未来のエンジニアや研究者にとって取り組むべき課題となり、社会的にも大きなテーマになることでしょう。
「介護医療コンシェルジュロボットでは身体の動かない人が病室外で活動するためのインターフェースを開発しました。これも人間のひとつの進化に繋がると思いますが、これはまだ『道具としての機械』に拠るものです。人間機械共生研究室と名付けた私たちの研究室で取り組むテーマはその先にあるもの。そのためにも機械と人間が共生する環境づくり、そこでの関係性の追求を、介護医療というフィールドに限ることなく、広く展開していきたいと考えています」

ベッド利用者や脊髄損傷者の病室外でのコミュニケーションを実現する、口腔、顔、顎で操作可能なロボットインターフェース。活動意欲を高めるだけでなく居室内では接触検知パネルにより、対象者を見守る役割を担う。

ロボットにはアーム型のバイタル計測装置に加え、顔部体温計測機能や歩行特徴の認識機能も設置。三枝准教授が豊橋技術科学大学に在籍した際の大学院生の研究がベースとなっている。
▲ ベッド利用者や脊髄損傷者の病室外でのコミュニケーションを実現する、口腔、顔、顎で操作可能なロボットインターフェース。活動意欲を高めるだけでなく居室内では接触検知パネルにより、対象者を見守る役割を担う。

▲ ロボットにはアーム型のバイタル計測装置に加え、顔部体温計測機能や歩行特徴の認識機能も設置。三枝准教授が豊橋技術科学大学に在籍した際の大学院生の研究がベースとなっている。

上田秋成の俳諧研究のための資料整備と基礎的研究

上田秋成との出会いを契機に、日本近世小説の研究者を目指す

近衞典子先生が研究しているのは、日本近世期の小説です。中でも、悪霊やもののけが登場する短編をまとめた『雨月物語』で知られる江戸時代の小説家・上田秋成の研究に力を注いでいます。

大学に入学した当初、近衞先生は「外国の人に日本文化を教える仕事に就きたい」と考えていたそうです。その気持ちに変化をもたらしたのが秋成との出会いでした。近衞先生の恩師で、江戸時代の小説家・井原西鶴を専門に研究していた教授が、授業で何度か秋成を話題にしたのです。特に秋成とその妻のことに触れたエピソードは、強く近衞先生の胸に残りました。

「妻が亡くなった後、秋成は彼女が書いた小説を発見します。秋成はそれを清書してお寺に奉納したのですが、そもそも江戸時代といえば、多くの女性は文字を知らない時代です。しかも秋成の妻は農家の出身でした。『秋成は気難しい人間だといわれているが、実は秋成が奥さんに文字を教えたのかもしれない。時間があったら秋成を研究してみたいなあ』と言う教授の言葉に、等身大の江戸の人々の姿を知りたいと思いました」

秋成に関心を抱いた近衞先生は『雨月物語』と並ぶ秋成の代表作『春雨物語』を卒業論文で取り上げました。そこから、近衞先生は秋成作品をはじめとする日本近世小説の研究者としての道を歩み始めました。
近衞先生は、秋成が活躍した江戸期の文芸についても研究を進めました。江戸時代の特徴は文化の担い手が一般庶民にまで広がったことです。それをもたらしたのは印刷技術の発達です。本を一冊ずつ手書きで写すという作業が不要となり、大量出版の時代が誕生しました。それによって、

“笑い”を真髄とする庶民文化が、興隆を迎えたのです。

「江戸時代に『源氏物語』や『古今和歌集』などといった、いわゆる古典を研究する国学が成立しました。その一方で、“古典を笑いのめそう”という流れも生まれ、数多くのパロディー作品が書かれました。秋成もその一人で、『伊勢物語』研究の傍ら、そのパロディーである『癇癖談(くせものがたり)』という作品を書いています。このように、真面目な学問と古典を踏まえて遊ぼうという世界が、混在・共存しているのが、江戸の文化なのです」

若旦那たちが熱中した俳諧に、江戸文化のリアリティーを垣間見る

小説家として知られる秋成は、同時に歌人としても有名です。しかし、秋成が残した作品は小説や和歌にとどまりません。
「多面的な貌(かたち)を有する秋成文学の全貌解明を踏まえて、江戸文化ならびに当時の庶民の生活を知ることで、近世文芸の本質に迫りたい」
その一環として現在、近衞先生は科研費を取得して、秋成の俳諧(はいかい)作品を読み解く研究に取り組んでいます。

「俳諧とは、江戸時代に栄えた日本独自の文学形式で、当初は『俳諧の連歌』とも言われました。和歌は一人で詠むものですが、連歌は一人が五七五の句を詠むと、別の一人が七七の句をつなげて詠むという具合に、何人かで詠み継いでいきます。俳諧の『諧』の字は、しゃれやユーモアを意味する『諧謔(かいぎゃく)』からきており、みやびな和歌と違い、即興性や機知、笑い、俗なるものを含んでいます。誰かが機知に富んだ句を詠むと、別の誰かが『うまいねっ』と反応する。江戸の庶民はそんな掛け合いを楽しんだのです」
俳諧は、商人たちのコミュニケーションの場でも詠まれました。秋成も俳諧に熱中した一人で、その研究の意義について、近衞先生は次のように説明します。

「秋成は、たとえば『しのぶ恋』のテーマで『おもひ草くすし(医師)は物をしらぬかな』というユーモアたっぷりの句を詠んだかと思えば、『さくらさくら散りて佳人の夢に入(い)る』というような非常に幻想的な句も詠んでいます。このように、

秋成の句は幅広いのですが、その研究は少ないのが実情です。芭蕉とはまた違った趣のある秋成の俳諧を研究することで、江戸の文芸のリアリティーを多角的に探究できると考えています」

近衞先生は現在、科研費に採択された「上田秋成の俳諧研究のための資料整備と基礎的研究」というテーマで、他の研究者とともに秋成の俳諧の語釈、注解を重ねており、その研究が日本の文化の豊かさを示してくれることになるでしょう。

日本文化の継承・解読には、「くずし字」を読む技能が不可欠

一方、近衞先生は、小学生から高校生を対象とする日本近世文学会による「くずし字」を読むための出前授業に積極的に参加しています。明治以前の時代は普通の人がくずし字を読み書きしていたのですが、現在では国文学の研究者などの専門家を除くと、読める人はほとんどいません。
「くずし字が読めなくなると、明治以前の文化・文学を解読できなくなります」と、近衞先生はその状況に警鐘を鳴らします。これからの日本の文化を担うのは高校生など若い世代。近衞先生は、「国際化の時代だからこそ、自らの拠って立つ文化を知ることは大切。新しい出会いに期待しながら、好奇心と探究心を持って文学を楽しんでほしい」とエールを送ります。

『雨月物語』「夢応の鯉魚」の挿絵です。鯉に変身した僧があわや料理される!というところで夢から覚める。架蔵本には、欄外に「逃げろや逃げろ」などと江戸時代の人の落書きがあります。

秋成最初の小説『諸道聴耳世間猿』(後刷)の表紙見返し。「三番叟(さんばそう)」に見立てられた三匹の猿がかわいいでしょう?
江戸時代に建築された民家を訪れ当時の人々の暮らしぶりに触れる。

ゼミでは輪読を通じて文学作品に対する理解を深めていく。
『雨月物語』「夢応の鯉魚」の挿絵です。鯉に変身した僧があわや料理される!というところで夢から覚める。架蔵本には、欄外に「逃げろや逃げろ」などと江戸時代の人の落書きがあります。

秋成最初の小説『諸道聴耳世間猿』(後刷)の表紙見返し。「三番叟(さんばそう)」に見立てられた三匹の猿がかわいいでしょう?

江戸時代に建築された民家を訪れ当時の人々の暮らしぶりに触れる。

ゼミでは輪読を通じて文学作品に対する理解を深めていく。

高エネルギー放射線を用いた演習実験や、 放射線治療装置を用いた研修会を実施

がん治療に不可欠にもかかわらず
技術者不足が続く放射線治療分野

日本人の2人に1人ががんになり、3人に1人ががんで亡くなる時代。毎年がんで命を落とす人は約36万人に上り、これは品川区の全人口が毎年消失することに匹敵します。若い世代にとってもがんは決して遠い存在ではなく、いつ身近な人がり患するかわからない病気と言えるでしょう。
一方でがんの治療法は日々進歩しており、がんの部位や病巣、患者の状態などに合わせて、手術などによる外科療法、抗がん剤など薬物による化学療法、そして放射線治療による放射線療法を組み合わせた集学的療法で臨むことが一般的です。ところが、日本は欧米に比べて放射線治療の面で遅れを取っているのが現状です。
「その典型例が乳がん治療でしょう」と説明するのは、駒澤大学医療健康科学部教授の保科正夫先生です。「従来、日本では乳がんにり患すると、乳房全体を大きく切除する外科手術が当たり前に行われてきました。しかし、初期の乳がんの場合、病巣とその周囲を取り除く部分切除術を行い、その後に放射線治療を続けることで根治が可能です。これなら女性が乳房を失うこともなく、患者さんにとってどれほどストレス軽減になるか計り知れません。日本でこの乳房温存療法が一般的になったのはほんの20年ほど前のこと。さらに放射線治療の遅れは、放射線治療機器を扱える人材の慢性的な不足が背景にあります」

最新の実機がつねに供給される
世界初の産学連携プロジェクト

そこで保科先生が中心となり、2018年3月に駒澤大学が開設したのが「駒澤大学-VARIAN放射線治療人材教育センター」です。米国のがん治療機器メーカー・バリアン メディカル システムズ(以下、バリアン社)と駒澤大学が提携し、駒沢キャンパスに新築した「種月館」に、バリアン社の医療用直線加速器(リニアック)と放射線治療計画システム、放射線治療データ管理システムの実機を設置。学部生や大学院生が演習などでその原理や操作方法を実践的に学べるようになりました。学生がリニアックの実機に触れることができる教育機関は国内でも数えるほど。さらにメーカーがつねに最新の実機を導入するのは同センターのみで、世界初の産学連携プロジェクトといえます。メーカーとの交渉をリードした保科先生は、バリアン社を選んだ理由を次のように説明します。
「私は40数年間放射線治療に関わってきましたが、バリアン社の製品は世界でもっとも質が高く、安心して使えると感じています。バリアン社は1948年に米国スタンフォード大学の科学者グループが創業。1年目からマイクロ波発振管の開発に成功するなど当初から高い技術力があり、1960年代にはリニアックを開発して全世界へ広めた実績を持っています。そのバリアン社が“日本の放射線治療の進歩や技術者教育に役立つのならと”最新機器の提供を約束したのですから、面子にかけても最先端の環境を整えるはずです」

臨床に出る前にあらゆる失敗を
経験させ、学生の成長を促す

このプロジェクトにバリアン社からは多くの医療機器の投資がなされた。一方、駒澤大学は免振設計と分厚いコンクリートの壁に守られた「種月館」の地下1階にリニアック照射室を用意。学生は必要に応じて教室と照射室を行き来し、実用的な学びを重ねていくことになります。
同センターでは、他にもバーチャル放射線治療システム「VERT」を配置。これは放射線治療を「見える化」したもので、本物の患者のCT画像がリアルな3Dとなって大画面に映し出され、実際には目に見えない放射線が照射される様子を画像で確認できます。学生は3Dグラスをかけ、リニアックのリモコンを操作することで、どのように放射線が患者の患部に照射されるのか、またどのような方向や強度が最適なのかを視覚的に体験し、治療をシミュレーションすることが可能です。
「このバーチャルシステムを使うと、臨床で診療放射線技師が行う全ての行為を経験することができます。ここでの目的は、学生に思い切り失敗をしてもらうこと。就職して臨床の現場に立つと失敗は許されません。ですから“学生のうちに失敗を総ざらいせよ”と、いつも伝えています。失敗から学ぶことは本当に多い。現場で活躍できる人というのは、失敗事例をより多く持っている人なんですよ」

バーチャル放射線治療システム「VERT」が設置されているのは、国内で駒澤大学のみ(2018年5月現在)。学生はリアルな3D画像を見ながら、リニアックのリモコンを操作する。

診療放射線技師の業務には
未知の原野が広がっている

医療健康科学部診療放射線技術科学科の卒業生は、その大多数が国家資格「診療放射線技師」を取得し、国公立病院や大学病院などの大規模病院に就職します。一般的に人々が診療放射線技師と聞いて思い浮かべるのは、「X線撮影を担当する技術者」でしょう。しかし、実のところ診療放射線技師が対象とする業務はX線撮影だけではなく、CT撮影、MRI撮影、消化管造影検査、マンモグラフィー、そして放射線治療や核医学検査など非常に多岐に渡り、「未知の原野が広がっている分野」だと保科先生は力説します。
「例えばMRI撮影では放射線を使いませんが、撮影で得た画像の処理を担当するのは診療放射線技師です。画像の重要な箇所を強調したり浮き上がらせたりすることで、医師が見たときに絶対的にわかりやすくするのは、診療放射線技師の技量なんですよ。現在、診療放射線技師の活躍の場はさまざまな分野に分かれており、それぞれに特化した技術が必要です。これはつまり、1つの分野が自分に合わなくても、別の分野への方向転換が容易で、自分が好きな分野を見つけやすいということ。好きな分野で知識と技術を発揮できれば、その仕事を一生続けたいと思うはずです」

診療技術系と画像情報系のコース制で
専門性を深める独自のカリキュラム

駒澤大学診療放射線技術科学科では、多様化する診療放射線科学領域に対応するため、3年次より診療技術系に重点を置いたコースと画像情報系を主にしたコースに分かれるコース制を採用。これは同学ならではのカリキュラムで、専門性の高い科目を体系的に配置しています。その結果、4年次には卒業研究と国家試験対策に集中でき、大学院への進学実績も毎年10名前後に上ります。
入学したばかりの1年次には解剖学、放射線物理学、電気工学など医学・理工学系の基礎科目を受講し、放射線を安全に取り扱うための基礎教育を徹底。実験や演習も豊富で、その都度レポート提出が求められるため、文系学部の学生よりも勉学で多忙な日々を送ることになります。基礎を固める一方、徐々に演習でX線関連の機械に触れはじめ、やがてリニアックを利用した演習も履修できるようになります。
「基礎科目をひととおり学び終え、測定機器を扱うことで放射線が人体の中でどのように拡がり、どのように減弱するのか理解できるまでにおよそ3年弱。その間に自分が好きな分野が見えてくるはずです」

学生は臨床前に多くのシミュレーションを繰り返し経験する。

学生と研究者やエンジニアが集う
日本の放射線治療の拠点へ

恵まれた環境を利用して国家資格を取得し、診療放射線の専門職として働きはじめても、大学とのつながりは続きます。同センターは学生のみならず、全国の医療従事者に門戸を開いており、バリアン社の最先端の医療機器を使ったトレーニングを受けられる場でもあるからです。
保科先生の目標は、「このセンターを日本の放射線治療の“サロン”にすること」。近世ヨーロッパで資産家が自身の邸宅で開催するサロンが科学や芸術の発展の場となったように、同センターに診療放射線の専門家やメーカーのエンジニアや学生が集って情報交換し、互いに刺激し合うことで技術の発展に役立てたいという構想です。
「実はこれは駒澤大学だからできることなんです。あらゆる人と情報が集まる東京に位置し、しかも交通至便な立地にある。さらに私立大学ならではの研究や設備の自由度も見逃せません。高校生の皆さんにはぜひ、この恵まれた環境を活かして放射線治療のエキスパートとなり、病で苦しむ患者さんに貢献できる人材になっていただきたいですね」

医療介護施設や企業との連携体制を通して 社会が求める「工学×リハビリ」「工学×看護」技術を創造

人に必要とされるものづくりは
社会を深く知ることからはじまる

工学技術をベースとしたものづくりにおいて、どのようにして社会に必要とされるものをつくるか、利用する現場の人たちが求めているものを、使いやすく利用環境に適応した仕様でいかに開発していくかという観点は、技術の進歩と同様に、テクノロジーを社会に還元していく上でとても重要となる考え方です。
金沢工業大学の鈴木亮一先生が取り組んでいるのは、制御工学の技術をベースとした生活支援技術、福祉医療支援技術の研究開発。医療介護の現場における補助作業やリハビリテーションに活用できる機器開発、技術研究を進めています。
「私の研究は何よりまず“現場”に足を運んで、何が必要とされているのかをリサーチし、現場の人たちの話を聞くところからスタートします。社会が必要としている技術や価値を、工学技術を活用して提供することがテーマであり使命。より高度な機器を開発することも大切ですが、私が考えているのはまず人の役にたつ、人に必要とされる、ということです」
社会が求めるもの、人に必要とされるものを開発するためには、工学などの技術を追究するだけではなく、社会や人々の暮らし、サポートできる人々の存在、現場の悩みや要望を知らなくてはいけません。そのために鈴木先生と研究室の学生たちは、月に1~2回、医療施設を訪れ、どのようなニーズがあるのか研究開発のアイデアを探るとともに、制作した機器を実際に使用してもらってその効果や改善点を現場の人たちと共有しながら、より現場に適した機器に仕上げていくという研究開発プロセスを採っています。
「私は制御工学を専門としてきましたが、現場のニーズを追究していくと、時には複雑な制御技術を使用しない機器が必要となる場面もあります。しかしそのことは大きな問題ではありません。使う人たちのことを第一に考えるならば、様々な技術を組合せ、問題解決を図ることが重要です」

チェアスキーの普及を目的とした取り組みの一環として、学生が中心となって開発した仮想現実(VR)の技術を使ったチェアスキーの体験装置。

その人が持つ力を引き出すための
「助け過ぎない」支援技術

人に必要とされているものづくりをコンセプトに鈴木先生と研究室の学生たちは、「片手で操作できる車いす」「省スペースで利用できる立ち上がり動作支援装置」「屋外用歩行動作支援装置」など、さまざまな生活支援技術、福祉医療支援技術を開発し、その研究テーマは現場のニーズを起点としながら、現在もさらに広がっています。そしてこれら鈴木先生の手掛ける支援技術には、いくつかのポイントが置かれています。それは
・着脱が簡単であること
・他の行為が制限されないこと
・過剰に助け過ぎないこと
これらは介護対象となる人が持っている力や潜在的な力を手助けしてあげること、残存能力を拡張することによって介護対象となる人の機能回復や自立支援をめざすという、支援機器開発に対する鈴木先生の考え方によるものです。「たとえば麻痺等によって片腕しか使えない方に向けて開発した片手で操作できる車いすがありますが、そういう方たちに対して『電動車いすで支援したらいいじゃないか』という考え方もあります。しかしそれは、動かせる腕や足などを使う機会がなくなり、能力の衰えに繋がってしまいます。そうではなくて、できればいまある能力を長く保ちながら、その人の生活を支援していきたい。それがその人のためになると私は考えています」
車いすを片腕で押してしまうと力が左右不均等になるためまっすぐ進むことができないが、鈴木先生が開発した車いすは、片腕で片側の車輪をまわしたことを車いすが感知・計測し、内部の制御機構が力のかからない側の車輪の動きを補助するというもの。ほかにも腕の力が衰えている方の食事補助を目的に、腕を上げ下げする微小な力を感知・計測しながらその動作をサポートする上腕動作支援機器など、支援機器はどれも介護対象者が自分で活動するための「もうひと押し」を実現するものとなっています。

試作した装置は利用現場の方たちを交えながら多角的に評価を行う(写真は歩行支援装置)。このプロセスが利用環境に即し、ニーズに的確に応えるものづくりにつながっていく。

現場や他分野との協働が
研究室ではできない発見を生む

制御工学の技術を活用した支援装置の一方で、鈴木先生の言葉通り、現場のニーズに即した支援装置の研究開発は、その技術の範囲にとらわれることなく進んでいます。その一例が介護対象者の立ち上がり動作と機器で補助するタイミングが合わせられるように声かけ機能を装備した立ち上がり動作支援機、歩行訓練を行う際に骨盤をやさしく支えてあげるリハビリ機器などです。
「理学療法士、作業療法士の方たちの仕事を見ていると、例えば声をかけるだけで対象者の力が引き出されるなど、ポイントを押さえれば目的達成に近づけるのだという気付きがあります。また実際につくった機器が、例えばサイズや駆動音が大きすぎるというように使用環境に適応していないことで、改善が必要になるケースも少なくありません。このような問題を解決することは技術的に難しいものではないですが、研究室にいるだけではわからないことです。現場を見て、機器を使用する人たちの姿を思い描いて開発に取り組んでいくことの大切さを学生にも説いています」
さらに鈴木先生は異なる分野と連携していくことの大切さと意義についてもこう語ります。
「私たちが医療介護の現場で多くの気付きを得るように、他分野で当たり前のことが、私たちにとって新しい発見になることがあり、またその逆も当然あり得ます。もちろんこれは医療介護の分野に限りません。外の世界にネットワークを広げて、他分野の人たちと協働して意見や知識を共有しながら、社会のニーズを探り、必要とされるものを開発していく。エンジニアとして新しいものをつくろうとした時、こういった考え方は今後、さらに大事になってくるはずです」
このようにして鈴木先生は学生たちとともに、多くの医療介護施設はもとより、大手電機メーカーとともに歩行支援装置を、大手精密機器メーカーとともに起立着座動作支援装置を、住宅建材メーカーとともに高齢者向け建材を開発するなど、多彩な分野との連携をとりながらその研究開発を進めています。

物事の本質を見出す力があれば
アプローチ方法は多種多様でいい

「制御やロボティクスといった分野からはじまった研究は、人の生活を何かの形で支援するための機器開発、という大きな目的に変容してきました」という鈴木先生ですが、その研究の広がりを表す近年のテーマに、チェアスキーの普及に関する活動があげられます。
チェアスキーとは下肢に障がいのある人向けのスキーで、座って滑走することができるもの。長くパラリンピックの正式競技であるものの、日本ではまだ知名度も高くなく、鈴木先生は障がいの有無にかかわらず多くの人にチェアスキーを楽しんでもらえる環境づくりに取り組んでいます。この研究は日本チェアスキー協会やチェアスキーに取り組む方たちとも連携して行っており、実際のチェアスキーの体験会に足を運ぶこともあるといいます。2019年には研究室の学生が中心となり、仮想現実(VR)の技術を使ったチェアスキーの体験装置を開発。そのほか入門用のチェアスキーの開発に取組むなど、チェアスキーという競技自体をより多くの人に知ってもらうための周知活動に積極的に関わっています。
「学生たちには物事の本質をとらえる力を身につけてほしいと考えています。どこに問題があるのか、何を解決すればより良い世界をつくることができるのか。技術や知識はそれに取り組むためのツールであり、その取り組み方に制限はありません。社会の問題に対する私のアプローチがどんどんと広がっていったように、社会と積極的に触れ合い、時代の変化に合わせながら、社会に必要とされる新しい価値を生み出せることが大切です」

腕を上げ下げしようとする利用者の力を感知・計測し、その力に応じて制御を行いながら動作サポートを行う上腕動作支援装置

大手精密機器メーカーと共同開発した、狭所空間でも使用できる起立着座動作支援装置。ニーズに応じた改善を重ねた結果、当初装備される予定の制御機構は省略されることとなった。
腕を上げ下げしようとする利用者の力を感知・計測し、その力に応じて制御を行いながら動作サポートを行う上腕動作支援装置

大手精密機器メーカーと共同開発した、狭所空間でも使用できる起立着座動作支援装置。ニーズに応じた改善を重ねた結果、当初装備される予定の制御機構は省略されることとなった。