世界中で全員参加の社会変革が始まっています。
SDGsの第一人者・平本督太郎センター長に聞く これからの世界を描き出すSDGsの目的と意義とは

環境破壊にともなう気候変動による災害の増加、解決の道のりが長く見出せずにいる貧困や人権の問題。世界中に存在する社会課題に対して、社会はこれまで個人~組織のレベルで向き合い、その取り組みを続けてきました。そんな中、近年、世界全体で力を合わせて取り組んでいこうという社会課題解決のための目標が設定されました。それが通称「SDGs」と呼ばれるSustainable Development Goals(持続可能な開発目標)です。
「このままでは長期的に豊かな生活を続けていくことができないだろうという危機感が世界中に広がってきたこと。これが世界規模での目標が設定された背景にあります」
そう語るのは金沢工業大学SDGs推進センター平本督太郎センター長。民間企業で日本政府や国連機関と社会課題解決型ビジネスを推進するための政策立案に長く関わり、経済産業省「BOPビジネス支援センター運営協議会」委員、日本貿易振興機構「SDGs研究会」委員などを務めてきた、この分野の第一人者のひとりです。
「SDGsの前身として、2000年に策定されたミレニアム開発目標(MDGs)がありましたが、これは先進国が主導となり新興国や途上国向けの開発目標としてつくられたもの。しかし2008年に起きたリーマン・ショックをきっかけに先進国の経済が大きく後退、先進国が必ずしも安定して豊かであり続ける存在ではないことに世界中が気付き、各国の企業などは新興国や途上国の将来的な可能性に注目を広げることとなりました。また同じ頃は世界の首脳が集まっていた場がG7からG20として新興国等を加えた20か国に広がるなど、世界の構図は先進国を中心としたものから、新興国や途上国を中心としたものに変化していったのです」
こういった背景を受け、先進国だけが主導するのではなく新興国や途上国を巻き込みながら、世界全体で地球の将来について考えていこうという流れが生まれてきました。先進国や一部の有識者だけで決定するのではなく、オンライン上で約1000万人以上が参加するなど、世界中の人々がオープンな場所で議論しながらつくられたSDGsの特徴はここに理由があります。SDGsが設定する17の目標と169のターゲットは、言わば「世界のみんなでつくった目標」です。誰かが勝手に決めた目標、誰かに押し付けられるゴールではないから、近年、世界の全員が積極的に参加する形でSDGsに関する取り組みが活発に行われているのだ
と言えるでしょう。

「競争」から「共創」への転換が
SDGsを達成するカギとなる

「SDGsに沿った活動を行う中で重要視されているポイントがあります。それが『身近な問題と世界をつなげて、地球規模で物事を考えること』『将来的な目標から逆算して、いま何をすべきかを導き出すこと(バックキャスト)』『すべての人が利益を得られるよう誰一人取り残さないこと』という3点です。世界各国の政府、自治体、企業といったあらゆる組織がSDGsの定めた目標に向けて、2030年までに自分たちが達成すべきゴールを宣言し、いま何をすべきかを導き出して取り組みはじめています。これがまさにバックキャストによる活動の進め方です。そして『誰一人取り残さない』というポイントを実現する上で障壁となるもののひとつが、ある課題を解決することと引き換えに新たな課題が発生してしまう『トレードオフ』の問題です」
たとえばひとつの企業が「環境に優しい生産方法に変えよう」としても、その結果生産効率が下がってしまえば、その企業は環境保護と引き換えに自身の利益を失ってしまい、環境に優しい生産方法を継続することはできなくなってしまいます。このような「トレードオフ」の問題は社会課題に向き合う中で多く存在していますが、その障壁を乗り越えるために必要となるのがSDGsのめざしている、「競争社会」から共に創造する「共創社会」への転換、という考え方。ひとつの組織だけで取り組むのではなく、いくつもの組織で連携を取りながら、皆で新しい価値をつくったり、いまある価値を膨らませたりして、その価値を分配していく。ひとつの価値を競争して奪い合うのではなく、皆が共に価値を得られる状況をつくりながら社会課題の解決にもつなげていく。こういった「共創社会」をつくることがSDGsの進展に必要となるのです。
ただしSDGsは2030年の実現をめざした目標であり、すでに世界ではその先の目標に関する議論もはじまっています。そして次の目標期限となる2045年は、人工知能(AI)が人間の能力を超えるとされる「シンギュラリティ(技術的特異点)」を迎える年とされています。おそらく社会や産業の構造は劇的に変化を迎えることとなるでしょう。
「いま掲げられているSDGsの目標実現に向けて取り組むことはもちろん重要ですが、一方で、めざす目標を皆で決めていく世界の在り方、世界の人々が積極的に目標に向き合いながら皆がメリットを得られる取り組みの手法をつくることができれば、2030年以降に時代が大きく変化したとしても、世界は『共創』を大切にしながら引き続き幸せな世界をめざすことができるでしょう。先進国や一部の有識者が主導して策定したミレニアム開発目標(MDGs)から、世界の人々が皆で作成したSDGsの誕生、そしてその実現をめざしている現在までの過程は、こういった未来の世界の基盤をつくるための道のりだと言えるかもしれません」

「Sustainable Development Goals」SDGsとは――

SDGs(エス・ディー・ジーズ)とは、「Sustainable Development Goals」の略称で、「持続可能な開発目標」を意味します。これは人間だけでなく地球全体を未来にわたって永続的に繁栄させるために、私たちがどのように行動し考えればいいかを示したもので、大きな17の目標と、より細かく具体的な目標を示した169のターゲットから成り立っています。2015年にニューヨーク国連本部で開催された『国連持続可能な開発サミット』において、2016年から2030年までの国際目標として150以上の国連加盟国首脳の参加のもと制定され、2016年からスタートしました。地球上の誰一人取り残さない(leave no one behind)取り組みとして設定されており、途上国の貧困等を中心とした経済的課題だけでなく、環境保護や人権、教育、健康の問題など、世界が抱える現代の課題に対して、先進国・途上国といった国の垣根、政府・企業といった組織の垣根を越えて、世界の人々が手を取り合って取り組むものとされています。日本でも政府だけでなく、自治体や企業、学校など多くのフィールドで積極的な活動が進められています。
「競争社会」から「共創社会」へと移り変わる時代に
求められる新しい人財の姿とは

「共創社会」を実現するための
これからの教育の在り方とは

これからどのような世界にしていきたいのかを、世界中の人々と一緒に考えて、目標として決定する。その目標を実現するために、誰一人取り残すことなく皆がメリットを得られる方法をつくりだしていく。SDGsが掲げる「共創社会」とは、これまで理想とされながらも、なかなか実現に至らなかった新しい世界の姿です。そして、この世界を実現するために必要なのが、人々の考え方の転換と新しい知識・スキルの習得。そのために大切なのが「教育」であると、平本先生は話します。
「SDGsにおいても、何も考えずに目標実現をめざすだけでは活動は長続きしません。なぜこの目標をめざすのか?という理由を理解し、そこに納得していなければ人々は積極的に活動しません。日本でも2020年から学習指導要領が変更され、SDGsの要素が教育の中に盛り込まれることとなりましたが、すでに諸外国ではこのような『なぜ』を大切にして社会の物事に疑問を持ち、問題の本質を見極める素養を育む教育が進められています。なぜ社会課題が生まれているのかを知り、なぜ問題解決をする必要があるかを考え、その『なぜ』を多くの人に理解・共感してもらうことで社会を巻き込んだ大きな活動を実現することができる。『共創社会』を実現するには、このような能力を身につけることが必要となってくるでしょう」
その教育方法のひとつとして挙げられるのが、生徒自身が学びたいこと見つけ、生徒自身で教材を制作して、自分たちで学びながら、生徒同士で教え合うというもの。平本先生は小・中学校などの教育現場と話をしながら、新しい教育方法の確立にも注力しています。
「たとえばそのひとつにゲームを使った方法があります。学校に行ってずっとゲームをしていれば能力が伸びる、となれば生徒たちも喜びますよね。ただし自分たちでゲームをつくるには、めざす目標の設定、皆が公平に参加できるルールづくり、そのうえで堅苦しくなくて積極的に参加したくなるゲームとしての楽しさなどを考えなくてはいけません。これはまさに『共創社会』を実現するための能力に直結するものです」
金沢工業大学の学生プロジェクト「SDGs Global Youth Innovators」が2018年に制作したSDGsを学ぶためのカードゲーム「THE SDGsアクションカードゲームX(クロス)」(詳細別掲)は、まさにこの話を象徴するもの。ゲームを通してSDGsについて理解を深め、「共創社会」をつくるための能力を身につけるという内容ですが、そこでは皆が公平に参加できるルールと、積極的に参加したくなる楽しさも欠かさずに実現されています。

SDGsカードゲームを学生プロジェクトが産学共同で開発。
国連主催のSDGsイベントなど、グローバルに周知活動を展開
金沢工業大学の学生30名が所属する学生プロジェクト「SDGs Global Youth Innovators」が、楽しみながらSDGsについて知ってもらい、アイデアを創出し、一人ひとりの行動につながればという思いのもと開発したのが、「THESDGsアクションカードゲームX(クロス)」です。ゲームは、ある社会課題を解決することで新たな課題が生まれる「トレードオフ」をテーマとしたもので、課題となるトレードオフカードと、「AI」「飛行機」「ダンス」といった課題解決に活用できる多様なリソースカードの2種類が用意されており、場に提示されたトレードオフカードの課題に対して、手札のリソースカードを使いながらチームで課題解決のアイデアを創造するというもの。
(株)リバースプロジェクトのデザイン協力を受け、2018年以降はSDGs推進センターWebサイトからダウンロードできる形としていたが、合わせてクラウドファンディングによる資金集めを行い、2019年5月に商品化を実現。教育現場で教材として活用されるだけでなく、民間企業・自治体や教育機関のSDGs研修用ツールとして採用される事例も増えています。また同年5月にはドイツで開催された国連主催の国際イベントにブースを設置し、世界各国からの参加者にゲームを紹介。幼稚園~大学まで幅広い教育機関の他、自治体、企業などからゲームへの問い合わせが届いている状況で、プロジェクトメンバーはゲームを体感してもらうワークショップ開催のため、日本全国を奔走しています。

ドイツ・ボンで開催された国連主催のSDGsイベント「GlobalFestivalofACTION」にブースを出展。世界中から集まった参加者に学生自らゲームを紹介し、体感してもらった。今後は各地での周知活動に加え、年齢、地域、企業ごとに合わせたバージョンの制作にも取り掛かる予定としています。

「小・中学生くらいの生徒たちも、ゲームを楽しみたいとなると自然と世界や社会の問題について関心を持ちはじめるんです。急に家で勉強するようになった、と先生やご両親から驚かれますね(笑)」
もちろん金沢工業大学においても、SDGsの要素を取り入れた「共創社会」実現のための能力を育成する教育が進められています。その代表と言えるのが、問題発見から解決にいたる過程・方法をチームで実践しながら学ぶ、全学生必修の「プロジェクトデザイン」。金沢工業大学が独自に展開している教育方法です。
『プロジェクトデザイン』は近隣自治体の課題について、研究を通して解決していくという内容ですが、以前は金沢市等の自治体から問題提起を受けてその解決方法を探
り、提案して実現をめざす問題解決を軸としたものでした。しかし現在では、近隣自治体が将来的にどのような地域になりたいのかという未来像を一緒に描くところからはじまり、そのために解決すべき課題を発見する問題発見を軸とした要素を強めています。1~4年次まで通して行う授業なのですが、特に前期の半年間で提案内容を考え、後期の半年間でアイデアを具体化して実験し、提案がユーザーの求めているものなのか検証・評価する2年次の1年間で、学生たちの力は見違えるように伸びていきますよ」

一人ひとりの想いが世界を変える
SDGsとはその行動を応援するもの

「いま私が注力しているのが、若者の能力をいかに引き出すか、そして若者の積極的な活動を評価する大人たちを集めることで彼らの活動の影響力をどのように増していくかということ。具体的には2030年に小・中・高校生と産業界の第一線で活躍する企業家が協力して設立したジョイントベンチャー(複数企業が共同で立ち上げる新規事業)100社を世界に向けて紹介したい。そのための土壌を日本につくりあげることが現在の目標です」2018年には、第1回「ジャパンSDGsアワード」と「SDGsビジネスアワード」の受賞団体を中心に、SDGsに先進的に取り組む組織を集めた「ジャパンSDGsサミット」をSDGs推進センターが中心となって、金沢工業大学白山麓キャンパスで開催。そこでも企業や組織の大人たちと肩を並べて小・中・高・大学生たちがプレゼンテーションやワークショップを実施。社会課題解決の第一線に立つ大人たちにとっても刺激的な内容であり「大人たちのプレゼンテーションを聞くより面白かった!」という声もあがったという。
「SDGsというと堅苦しい言葉に聞こえますが、その根底には、自分たちが正しいと思うこと、将来こういう世界にしていきたいという理想を一人ひとりが社会に向けて発信していこう、という精神があります。そしてそういった姿勢を、国連や世界が後押ししてくれているのだと考えてみてください。これがSDGsのいちばん大切なところです。いままでの常識や過去事例に縛られず、新しい考え方や社会の在り方を築き上げていくには、若い人たちの力は欠かせませんし、新たな社会をつくるための可能性をもっとも持っているのが若い人たちなのです。身近な問題を世界規模で考えながら、多くの人と協調して、誰一人取り残すことなく自分たちの未来を切り拓いていく。そういう人材はどんどん世界を舞台に活躍していけるでしょうし、そういう人材が増えることで、世界は明らかに幸せなものとなっていくはずです」

医療介護施設や企業との連携体制を通して 社会が求める「工学×リハビリ」「工学×看護」技術を創造

人に必要とされるものづくりは
社会を深く知ることからはじまる

工学技術をベースとしたものづくりにおいて、どのようにして社会に必要とされるものをつくるか、利用する現場の人たちが求めているものを、使いやすく利用環境に適応した仕様でいかに開発していくかという観点は、技術の進歩と同様に、テクノロジーを社会に還元していく上でとても重要となる考え方です。
金沢工業大学の鈴木亮一先生が取り組んでいるのは、制御工学の技術をベースとした生活支援技術、福祉医療支援技術の研究開発。医療介護の現場における補助作業やリハビリテーションに活用できる機器開発、技術研究を進めています。
「私の研究は何よりまず“現場”に足を運んで、何が必要とされているのかをリサーチし、現場の人たちの話を聞くところからスタートします。社会が必要としている技術や価値を、工学技術を活用して提供することがテーマであり使命。より高度な機器を開発することも大切ですが、私が考えているのはまず人の役にたつ、人に必要とされる、ということです」
社会が求めるもの、人に必要とされるものを開発するためには、工学などの技術を追究するだけではなく、社会や人々の暮らし、サポートできる人々の存在、現場の悩みや要望を知らなくてはいけません。そのために鈴木先生と研究室の学生たちは、月に1~2回、医療施設を訪れ、どのようなニーズがあるのか研究開発のアイデアを探るとともに、制作した機器を実際に使用してもらってその効果や改善点を現場の人たちと共有しながら、より現場に適した機器に仕上げていくという研究開発プロセスを採っています。
「私は制御工学を専門としてきましたが、現場のニーズを追究していくと、時には複雑な制御技術を使用しない機器が必要となる場面もあります。しかしそのことは大きな問題ではありません。使う人たちのことを第一に考えるならば、様々な技術を組合せ、問題解決を図ることが重要です」

チェアスキーの普及を目的とした取り組みの一環として、学生が中心となって開発した仮想現実(VR)の技術を使ったチェアスキーの体験装置。

その人が持つ力を引き出すための
「助け過ぎない」支援技術

人に必要とされているものづくりをコンセプトに鈴木先生と研究室の学生たちは、「片手で操作できる車いす」「省スペースで利用できる立ち上がり動作支援装置」「屋外用歩行動作支援装置」など、さまざまな生活支援技術、福祉医療支援技術を開発し、その研究テーマは現場のニーズを起点としながら、現在もさらに広がっています。そしてこれら鈴木先生の手掛ける支援技術には、いくつかのポイントが置かれています。それは
・着脱が簡単であること
・他の行為が制限されないこと
・過剰に助け過ぎないこと
これらは介護対象となる人が持っている力や潜在的な力を手助けしてあげること、残存能力を拡張することによって介護対象となる人の機能回復や自立支援をめざすという、支援機器開発に対する鈴木先生の考え方によるものです。「たとえば麻痺等によって片腕しか使えない方に向けて開発した片手で操作できる車いすがありますが、そういう方たちに対して『電動車いすで支援したらいいじゃないか』という考え方もあります。しかしそれは、動かせる腕や足などを使う機会がなくなり、能力の衰えに繋がってしまいます。そうではなくて、できればいまある能力を長く保ちながら、その人の生活を支援していきたい。それがその人のためになると私は考えています」
車いすを片腕で押してしまうと力が左右不均等になるためまっすぐ進むことができないが、鈴木先生が開発した車いすは、片腕で片側の車輪をまわしたことを車いすが感知・計測し、内部の制御機構が力のかからない側の車輪の動きを補助するというもの。ほかにも腕の力が衰えている方の食事補助を目的に、腕を上げ下げする微小な力を感知・計測しながらその動作をサポートする上腕動作支援機器など、支援機器はどれも介護対象者が自分で活動するための「もうひと押し」を実現するものとなっています。

試作した装置は利用現場の方たちを交えながら多角的に評価を行う(写真は歩行支援装置)。このプロセスが利用環境に即し、ニーズに的確に応えるものづくりにつながっていく。

現場や他分野との協働が
研究室ではできない発見を生む

制御工学の技術を活用した支援装置の一方で、鈴木先生の言葉通り、現場のニーズに即した支援装置の研究開発は、その技術の範囲にとらわれることなく進んでいます。その一例が介護対象者の立ち上がり動作と機器で補助するタイミングが合わせられるように声かけ機能を装備した立ち上がり動作支援機、歩行訓練を行う際に骨盤をやさしく支えてあげるリハビリ機器などです。
「理学療法士、作業療法士の方たちの仕事を見ていると、例えば声をかけるだけで対象者の力が引き出されるなど、ポイントを押さえれば目的達成に近づけるのだという気付きがあります。また実際につくった機器が、例えばサイズや駆動音が大きすぎるというように使用環境に適応していないことで、改善が必要になるケースも少なくありません。このような問題を解決することは技術的に難しいものではないですが、研究室にいるだけではわからないことです。現場を見て、機器を使用する人たちの姿を思い描いて開発に取り組んでいくことの大切さを学生にも説いています」
さらに鈴木先生は異なる分野と連携していくことの大切さと意義についてもこう語ります。
「私たちが医療介護の現場で多くの気付きを得るように、他分野で当たり前のことが、私たちにとって新しい発見になることがあり、またその逆も当然あり得ます。もちろんこれは医療介護の分野に限りません。外の世界にネットワークを広げて、他分野の人たちと協働して意見や知識を共有しながら、社会のニーズを探り、必要とされるものを開発していく。エンジニアとして新しいものをつくろうとした時、こういった考え方は今後、さらに大事になってくるはずです」
このようにして鈴木先生は学生たちとともに、多くの医療介護施設はもとより、大手電機メーカーとともに歩行支援装置を、大手精密機器メーカーとともに起立着座動作支援装置を、住宅建材メーカーとともに高齢者向け建材を開発するなど、多彩な分野との連携をとりながらその研究開発を進めています。

物事の本質を見出す力があれば
アプローチ方法は多種多様でいい

「制御やロボティクスといった分野からはじまった研究は、人の生活を何かの形で支援するための機器開発、という大きな目的に変容してきました」という鈴木先生ですが、その研究の広がりを表す近年のテーマに、チェアスキーの普及に関する活動があげられます。
チェアスキーとは下肢に障がいのある人向けのスキーで、座って滑走することができるもの。長くパラリンピックの正式競技であるものの、日本ではまだ知名度も高くなく、鈴木先生は障がいの有無にかかわらず多くの人にチェアスキーを楽しんでもらえる環境づくりに取り組んでいます。この研究は日本チェアスキー協会やチェアスキーに取り組む方たちとも連携して行っており、実際のチェアスキーの体験会に足を運ぶこともあるといいます。2019年には研究室の学生が中心となり、仮想現実(VR)の技術を使ったチェアスキーの体験装置を開発。そのほか入門用のチェアスキーの開発に取組むなど、チェアスキーという競技自体をより多くの人に知ってもらうための周知活動に積極的に関わっています。
「学生たちには物事の本質をとらえる力を身につけてほしいと考えています。どこに問題があるのか、何を解決すればより良い世界をつくることができるのか。技術や知識はそれに取り組むためのツールであり、その取り組み方に制限はありません。社会の問題に対する私のアプローチがどんどんと広がっていったように、社会と積極的に触れ合い、時代の変化に合わせながら、社会に必要とされる新しい価値を生み出せることが大切です」

腕を上げ下げしようとする利用者の力を感知・計測し、その力に応じて制御を行いながら動作サポートを行う上腕動作支援装置

大手精密機器メーカーと共同開発した、狭所空間でも使用できる起立着座動作支援装置。ニーズに応じた改善を重ねた結果、当初装備される予定の制御機構は省略されることとなった。
腕を上げ下げしようとする利用者の力を感知・計測し、その力に応じて制御を行いながら動作サポートを行う上腕動作支援装置

大手精密機器メーカーと共同開発した、狭所空間でも使用できる起立着座動作支援装置。ニーズに応じた改善を重ねた結果、当初装備される予定の制御機構は省略されることとなった。