高エネルギー放射線を用いた演習実験や、放射線治療装置を用いた研修会を実施
がん治療に不可欠にもかかわらず技術者不足が続く放射線治療分野
日本人の2人に1人ががんになり、3人に1人ががんで亡くなる時代。毎年がんで命を落とす人は約36万人に上り、これは品川区の全人口が毎年消失することに匹敵します。若い世代にとってもがんは決して遠い存在ではなく、いつ身近な人がり患するかわからない病気と言えるでしょう。
一方でがんの治療法は日々進歩しており、がんの部位や病巣、患者の状態などに合わせて、手術などによる外科療法、抗がん剤など薬物による化学療法、そして放射線治療による放射線療法を組み合わせた集学的療法で臨むことが一般的です。ところが、日本は欧米に比べて放射線治療の面で遅れを取っているのが現状です。
「その典型例が乳がん治療でしょう」と説明するのは、駒澤大学医療健康科学部教授の保科正夫先生です。「従来、日本では乳がんにり患すると、乳房全体を大きく切除する外科手術が当たり前に行われてきました。しかし、初期の乳がんの場合、病巣とその周囲を取り除く部分切除術を行い、その後に放射線治療を続けることで根治が可能です。これなら女性が乳房を失うこともなく、患者さんにとってどれほどストレス軽減になるか計り知れません。日本でこの乳房温存療法が一般的になったのはほんの20年ほど前のこと。さらに放射線治療の遅れは、放射線治療機器を扱える人材の慢性的な不足が背景にあります」
最新の実機がつねに供給される世界初の産学連携プロジェクト
そこで保科先生が中心となり、2018年3月に駒澤大学が開設したのが「駒澤大学-VARIAN放射線治療人材教育センター」です。米国のがん治療機器メーカー・バリアンメディカルシステムズ(以下、バリアン社)と駒澤大学が提携し、駒澤キャンパスに新築した「種月館」に、バリアン社の医療用直線加速器(リニアック)と放射線治療計画システム、放射線治療データ管理システムの実機を設置。学部生や大学院生が演習などでその原理や操作方法を実践的に学べるようになりました。学生がリニアックの実機に触れることができる教育機関は国内でも数えるほど。さらにメーカーがつねに最新の実機を導入するのは同センターのみで、世界初の産学連携プロジェクトといえます。メーカーとの交渉をリードした保科先生は、バリアン社を選んだ理由を次のように説明します。
「私は40数年間放射線治療に関わってきましたが、バリアン社の製品は世界でもっとも質が高く、安心して使えると感じています。バリアン社は1948年に米国スタンフォード大学の科学者グループが創業。1年目からマイクロ波発振管の開発に成功するなど当初から高い技術力があり、1960年代にはリニアックを開発して全世界へ広めた実績を持っています。そのバリアン社が“日本の放射線治療の進歩や技術者教育に役立つのなら”と最新機器の提供を約束したのですから、面子にかけても最先端の環境を整えるはずです」
臨床に出る前にあらゆる失敗を経験させ、学生の成長を促す
このプロジェクトにバリアン社からは多くの医療機器の投資がなされた。一方、駒澤大学は免振設計と分厚いコンクリートの壁に守られた「種月館」の地下1階にリニアック照射室を用意。学生は必要に応じて教室と照射室を行き来し、実用的な学びを重ねていくことになります。
同センターでは、他にもバーチャル放射線治療システム「VERT」を配置。これは放射線治療を「見える化」したもので、本物の患者のCT画像がリアルな3Dとなって大画面に映し出され、実際には目に見えない放射線が照射される様子を画像で確認できます。学生は3Dグラスをかけ、リニアックのリモコンを操作することで、どのように放射線が患者の患部に照射されるのか、またどのような方向や強度が最適なのかを視覚的に体験し、治療をシミュレーションすることが可能です。
「このバーチャルシステムを使うと、臨床で診療放射線技師が行う全ての行為を経験することができます。ここでの目的は、学生に思い切り失敗をしてもらうこと。就職して臨床の現場に立つと失敗は許されません。ですから“学生のうちに失敗を総ざらいせよ”と、いつも伝えています。失敗から学ぶことは本当に多い。現場で活躍できる人というのは、失敗事例をより多く持っている人なんですよ」
診療放射線技師の業務には未知の原野が広がっている
医療健康科学部診療放射線技術科学科の卒業生は、その大多数が国家資格「診療放射線技師」を取得し、国公立病院や大学病院などの大規模病院に就職します。一般的に人々が診療放射線技師と聞いて思い浮かべるのは、「X線撮影を担当する技術者」でしょう。しかし、実のところ診療放射線技師が対象とする業務はX線撮影だけではなく、CT撮影、MRI撮影、消化管造影検査、マンモグラフィー、そして放射線治療や核医学検査など非常に多岐に渡り、「未知の原野が広がっている分野」だと保科先生は力説します。
「例えばMRI撮影では放射線を使いませんが、撮影で得た画像の処理を担当するのは診療放射線技師です。画像の重要な箇所を強調したり浮き上がらせたりすることで、医師が見たときに絶対的にわかりやすくするのは、診療放射線技師の技量なんですよ。現在、診療放射線技師の活躍の場はさまざまな分野に分かれており、それぞれに特化した技術が必要です。これはつまり、1つの分野が自分に合わな
くても、別の分野への方向転換が容易で、自分が好きな分野を見つけやすいということ。好きな分野で知識と技術を発揮できれば、その仕事を一生続けたいと思うはずです」
診療技術系と画像情報系のコース制で 専門性を深める独自のカリキュラム
駒澤大学診療放射線技術科学科では、多様化する診療放射線科学領域に対応するため、3年次より診療技術系に重点を置いたコースと画像情報系を主にしたコースに分かれるコース制を採用。これは同学ならではのカリキュラムで、専門性の高い科目を体系的に配置しています。その結果、4年次には卒業研究と国家試験対策に集中でき、大学院への進学実績も毎年10名前後に上ります。
入学したばかりの1年次には解剖学、放射線物理学、電気工学など医学・理工学系の基礎科目を受講し、放射線を安全に取り扱うための基礎教育を徹底。実験や演習も豊富で、その都度レポート提出が求められるため、文系学部の学生よりも勉学で多忙な日々を送ることになります。基礎を固める一方、徐々に演習でX線関連の機械に触れはじめ、やがてリニアックを利用した演習も履修できるようになります。
「基礎科目をひととおり学び終え、測定機器を扱うことで放射線が人体の中でどのように拡がり、どのように減弱するのか理解できるまでにおよそ3年弱。その間に自分が好きな分野が見えてくるはずです」