水と空気だけのクリーンな技術。 「マイクロバブル」が未来を変える!?

「マイクロバブル」とは、発生時の直径が1~100マイクロメートルの超微細な気泡のこと。近年高い注目を集める、日本発の革新的技術です。
この研究分野において2019年度より科研費が採択されたのが、福岡工業大学の江頭竜教授。まだまだ解き明かされていない未知数の分野に、風穴を開ける日もそう遠くはないかもしれません。

日本が世界をリードする
マイクロバブルの未知なる世界

みなさんは、「マイクロバブル」という言葉に聞き覚えはありますか?このマイクロバブルとは、2005年頃に日本で誕生した比較的新しい技術で、この分野においては日本が世界をリードしています。“汚れを吸着する”、“植物の成長を促進する”といった、さまざまな効果的作用を世界中が注目しています。しかし、実のところマイクロバブルの効果発現のメカニズムそのものはいまだ解明されていません。
そこで、私たち江頭研究室では、マイクロバブルの効果的な生成装置の開発に取り組んでいます。未来を見据え、開発だけに留まらず、技術の応用分野の開拓も目指しています。

微細な気泡を効率的に発生させる
究極のノズルの設計に挑む

マイクロバブルのように微細な気泡は、液体に接する表面積が大きくなります。そして、小さい気泡ほど浮力も小さく、長時間にわたって液中に留まることができるため、水中に空気を多く含むという性質があります。
マイクロバブルの生成方法は、高圧で水に空気を溶解させる「加圧溶解式」と、私たちが取り組んでいる「ノズル噴射式」の2種類。ノズル噴射式とは、水と空気を細いノズルの中で混合させ、乱流によるせん断力を利用して気泡を微細化して発生させる方法です。現在はこのノズルを用いて、より微細な気泡を効率的に生成するためのノズルの設計および改良を、研究室の学生自らが行っています。
現在「気泡を含んだ水中における音速」の現象を頼りにノズルの改良を行っています。通常、音速とは空気中だと毎秒340メートルで、水中になると毎秒1500メートルと格段に速くなります。しかし、同じ水中でもそこに気泡が加わると毎秒数10メートルとかなり遅くなります。この現象から、ノズルからマイクロバブルを噴射する際、超音速(音速よりも速い速度のこと)で、つまり数10メートル毎秒で噴射できるとノズル内に圧力のとびが生じ、衝撃波が発生します。すると、ノズルから出る気泡をその衝撃波でつぶせば、さらに細かい泡が出るのではないか、いう仮説を立てて実験を行っている最中です。

“池の水ぜんぶキレイに!?”
「おとめが池」の水質を浄化

マイクロバブルの応用実験として池班、農業班などに分かれ、実地調査を行っています。
農業班では、本学構内にある「おとめが池」にてマイクロバブルを用いた水質浄化実験を行いました。マイクロバブルを約3ヶ月間連続的に池の底層に注入し、水中の酸素濃度やpH値、汚濁物質の濃度などの変化をモニタリング。広い範囲にわたって水底の酸素不足を解消し、透明度が向上することが実験によってわかりました。
農業班においては、土、肥料、水の量など与える水の種類以外すべて同一条件のもと、さまざまな農作物の栽培に取り組みました。シソに関しては発芽率に大きな違いが現れ、キュウリに関しては通常の水を与えた場合よりも収穫量が1.6倍に。今後は、植物の発育にマイクロバブルの気泡が有効なのか、もしくは溶存酸素濃度の高さが有効なのか、実証実験を通してその先の謎を明らかにしたいと考えています。

マイクロバブルの効果の原理を
解明することで、未来は変わる

現在、“空気だけ”、“水だけ”としての理論は、流体力学として確立しています。よって、あらゆる事象もその式を使えば、机上でのシミュレーションが可能です。ただし、そこに気泡が入った状態、つまりは気体と液体の混じった“気液二相流”といわれる分野の基礎式は、いまだ確立されていません。
今後の江頭研究室の目標としては、ノズルのさらなる改良を重ね、より微細なマイクロバブルを効率的に発生させる理論を確立すること。マイクロバブルの効果の原理を突き止め、基礎式を導出できれば、実験費用も抑えられ、製品の開発費用も抑えられます。この水と空気だけのとてもクリーンな技術によって、農業や医療、水産業など世界のさまざまな課題解決に役立てられる日を願いながら、今日もこつこつと、研究を進めています。

1〜100マイクロメートル以下の超微細な泡を含むマイクロバブル水は、生成直後はこんなに白濁した状態に!気泡は驚くほど微細。 *1マイクロメートル=1000分の1ミリ
江頭研究室での実験で使用する、ノズル噴射式のマイクロバブル生成装置。ノズル内の流れを詳細に調べるために、圧力やボイド率 (空気含有割合)を測定するための孔が複数開けられている。
通常の水を潅水したシソ・マイクロバブル水を潅水したシソ・マイクロバブル水を潅水したシソと、通常の水を潅水したシソでは、発芽率に大きな違いが表れた。
自主性を尊重する江頭研究室では、学生自らアイデアを発案、実行。機械に精通している学生も多く、実験による検証を受けて装置の設計、改良を日々繰り返しています。
〜100マイクロメートル以下の超微細な泡を含むマイクロバブル水は、生成直後はこんなに白濁した状態に!気泡は驚くほど微細。 *1マイクロメートル=1000分の1ミリ
江頭研究室での実験で使用する、ノズル噴射式のマイクロバブル生成装置。ノズル内の流れを詳細に調べるために、圧力やボイド率 (空気含有割合)を測定するための孔が複数開けられている。
通常の水を潅水したシソ・マイクロバブル水を潅水したシソ・マイクロバブル水を潅水したシソと、通常の水を潅水したシソでは、発芽率に大きな違いが表れた。
自主性を尊重する江頭研究室では、学生自らアイデアを発案、実行。機械に精通している学生も多く、実験による検証を受けて装置の設計、改良を日々繰り返しています。

オール順天堂の“臨床力”を活用し、 新たな医療技術の早期実用化へ

技術やアイデアの社会実装を目指して、
企業や研究者にワンストップの支援を提供

順天堂大学のオープンイノベーション「GAUDI」では、まず大学が技術やアイデアの開発シーズを持つ企業や研究者と接触し、実用化の可能性が高いシーズを発掘します。世の中に開発シーズを持つ企業や研究者は数多く存在しますが、「研究を進めたいが資金がない」「社会実装の方法がわからない」といった悩みを抱えているケースが少なくありません。「GAUDI」はそんな企業や研究者とともに知財戦略を練り、資金調達を行い、研究体制を整えて、順天堂の大規模プラットフォームを利用した臨床試験を実現させます。その先には製品化・事業化があるわけですが、順天堂大学ではこの一連の支援を革新的医療技術開発研究センターにてワンストップで行います。

国内トップクラスの「臨床力」
と医療の知見が集まる「地の利」

「順天堂大学の強みとは何か?」_「GAUDI」を推進する順天堂大学・革新的医療技術開発研究センター長の服部信孝教授によると、その答えは明確です。
「順天堂の強みは“臨床力”です。大学附属の6病院全体の病床数は3,400床以上、年間の外来患者数は300万人超、入院患者数100万人超に上り、大学病院としては国内トップクラスです」さらに順天堂の「臨床力」としては、本郷・湯島地区に位置する地の利も見逃せません。新しい医薬品や医療機器を生み出すには企業との協働が必要ですし、時には他大学や学外の研究機関との連携も求められます。その点、本郷・湯島地区は大小さまざまな医療機器メーカーが400社以上あり、複数の大学とも隣接しています。まさに、企業や内外の大学の研究者が持つイノベーションのシーズを集めるには最適な場所にあります。

開発シーズをスムーズに臨床試験へ。
学外のエキスパートとも連携

革新的医療技術開発研究センターが設置されているのは、本郷・お茶の水キャンパスに新築された研究棟(A棟)の3階。学内外の開発シーズは、まずここへ持ち込まれます。すぐ下の2階には、研究戦略推進センターと臨床研究・治験センターがあり、隣接する順天堂医院と渡り廊下でつながっています。さらに4階~12階には順天堂大学のさまざまな講座・研究室が軒を連ねます。
研究戦略推進センターは学内の基礎研究の支援を担当。開発シーズが臨床試験へと進めば、臨床研究・治験センターが連携し、隣接する病院を使って一気に試験を進めることができます。
さらに特徴的な点は、学外のエキスパートが複数参加し、協力しながら開発支援を進めること。その顔触れは、知的財産に詳しい国際特許事務所、臨床試験を支援する企業、資金調達やマーケティングを担当するコンサルティング企業など。「学外のリソースを活用してフルサービスを提供する形は、従来の大学内オープンイノベーションにはなかった取り組みです」

誰も見たことがない技術・サービスの
新たなチャレンジが始まる

「GAUDI」は現在、試験的な運用を行っている段階ですが、すでに医療機器や再生医療等製品の研究開発案件の支援が始まっています。さらに時代の先端を行くAIなどの相談にも対応しています。
現在、「GAUDI」が相談を受けている企業の中には、AIを組み込んで病院の機能を向上させるアプリケーションを開発する企業もあります。あくまでも想定段階の案件ですが、例えば、病棟で患者さんのベッドの下にセンサーを設置し、脈拍・血圧・体温などのバイタルデータを無線で看護師のタブレット端末へ随時飛ばす製品があるとします。朝夕のバイタルチェックを効率化させ、多忙な看護師をサポートすることができますが、企業が病棟へ直接お話を持ち込んでも、多忙を極める病棟ではとても対応できません。その点、「GAUDI」に相談があれば必要に応じて当センター内に病棟のセットを作り、看護師さんを招いてアプリケーションの機能と役割について説明し、実際に触れることも可能です。また、アプリケーションの導入効果の検証を行う上での試験デザインについての議論を、事前に病棟スタッフを交えて行うことで、現場の理解も深まり、より効果的な検証実験が行えるはずです。
ほかにも、医療分野以外の企業から「ライフサイエンス分野にチャレンジしたい」という要望も届いています。例えば、「土いらずで野菜を栽培できる農業用フィルムを医療に転用できないか」というケースでは、当センターに技術展示することで日々研究開発や臨床を行う本学の医師・研究者や「GAUDI」の協力企業・機関の目に触れる機会があります。どこからどんなアイデアが生まれて、どのようなイノベーションが起きるのか_それは誰にもわかりません。
順天堂大学のオープンイノベーションプログラム「GAUDI」は、2019年夏より本格的に始動を開始。今後も世の中に眠る開発シーズを掘り起こし、効率的に社会実装へとつなげ、研究開発の中核拠点を目指していきます。

世の中には実用化に至っていない優れた技術やアイデアが数多く眠っています。
これらの技術やアイデアの実用化への道を切り拓くことも、大学の大切な使命です。この使命を果たすため、順天堂大学はオープンイノベーション「GAUD(I Global Alliance Under the Dynamic Innovation)」をスタート。技術やアイデアの早期実用化により、患者さんへ、ひいては社会全体への還元を目指しています。
A棟(4階~12階)研究室
A棟(2階)研究戦略推進センター
A棟(3階)革新的医療技術開発研究センター

世界も認める研究力の高さ その秘密は、自由にテーマを選べる風土 異分野融合を進めながら超高齢社会の課題に挑む

世界トップクラスの科学誌ネイチャーが「高品質な科学論文を最も効率的に発表している大学」として日本の1位 (Nature Index 2018 Japan)と認めた学習院大学。世界的な注目研究者のお一人、理学部生命科学科の高島明彦教授にお話を伺いました。

高島先生が取り組んでいるのはアルツハイマー病。その原因物質が「タウ」というタンパク質ではないかと考え、20年以上にわたって研究を進めてきました。患者さんの脳ではタウが糸クズのような異常な姿になってたまっています。なぜ糸クズ状になるのか、それがどのようにして認知症状を引き起こすのか──こうした謎に挑んできました。ですが、アルツハイマー病の研究としては、タウは主流ではなかったのです。糸クズのほかに、患者さんの脳にはもう1つの特徴があります。老人斑と呼ばれるシミで、その主成分は「アミロイドβ」です。90年代中頃からつい最近まで、研究の主流はアミロイドβでした。ある国際学会では、アミロイドβの研究発表の部屋は満員なのに「タウの部屋には10人ほどしかいなかった」と高島先生は笑いながら振り返ります。主流のテーマには研究予算もたくさんつきます。アミロイドβを研究しようとは思わなかったのでしょうか。「あちら(アミロイドβ)はすでに大勢の人がやっていました。私がやる必要はないと思ったんですよ」。迷いのない答えが返ってきました。

大きな転換期を迎えたアルツハイマー病研究

アルツハイマー病の研究は今、大きな転換期を迎えています。どうやらアミロイドβは真犯人ではなかったようなのです。アミロイドβを取り除く薬が開発され、実際にその薬のおかげで患者さんの脳からアミロイドβがなくなったにもかかわらず、症状は進行していました。これでは治療薬にはなりません。
アミロイドβの代わりに今、本命視されているのが、高島先生が20年以上にわたって研究を進めてきたタウなのです。

研究とは、暗闇に灯りをつけるようなもの

主流ではない研究を続けるには胆力がいりそうです。高島先生は若いころ、先輩からこう言われたといいます。「科学研究というのは、暗闇のなかに灯りをともすようなもの」。もとはある著名な科学者の言葉だそうですが、「本当にその通り」と高島先生は言います。「ぱっと灯りがついて、初めてそこがどういう場所かがわかる。パァーと次の道が開けてくる。これを見ているのは、自分だけなのだという、その感覚。それが研究の醍醐味です」。

分野の違う人と話す楽しさ

学習院大学では、文部科学省の私立大学研究ブランディング事業に選ばれた「超高齢社会への新たなチャレンジ」に力を入れています。認知症や再生医療、がん・老化といった生命科学系の基礎研究を中心に据え、その成果からさらに進んでいく超高齢社会の現実的な課題を議論する場として、法学や心理学、経済学などの人文・社会科学系の視点を加えた新しい学際領域「生命社会学」を創成しました。同じキャンパス内にすべての学部があることを最大限に活かした事業です。この事業を通して、高島教授は法学部や文学部の先生方とも議論をするようになりました。理化学研究所や国立長寿医療研究センターなど、理系研究者ばかりの組織にいた高島先生にとっては、あまりなかった経験です。「これがね、本当に楽しいんですよ。予想外の視点から質問が飛んでくる。ぱっと視野が広がる感じを何度もしてきました」。こうした会話のなかから、いくつもの研究のアイデアをもらったとも言います。自由に研究テーマを選べ、まったく違う分野の人とも同じキャンパスの中で日常的に会話を交わすことができる──学習院大学は研究をするにはまさに理想的な環境にあるのかもしれません。


学習院大学研究ブランディング事業「超高齢社会への新たなチャレンジ-文理連携型〈生命社会学〉によるアプローチ-」は、認知症・がん・老化・再生医療の基礎分野におけるフロント研究を推進。その急速な進展に伴い生じうる社会的諸問題と対応について、文理連携による統合的議論を深めるための場として学際領域〈生命社会学〉を創成、基礎教養科目として学生の教育に供するとともに、超高齢社会の未来に対応可能な社会基盤の整備に向けた提言を目指します。

2018年度 学習院大学研究ブランディング事業の成果(一部)

基礎教養科目「生命社会学」
毎回違う文理両分野の教員2名が同一テーマについて講義。それを聴講したうえで学生同士で議論と発表を行う。従来とは全く違う新しい方式の授業を行っています。
ブランディングシンポジウムの開催
年2回、学生・関係者だけでなく広く一般の人を対象に、ブランディング事業に関連する成果を発表。多くの方に参加いただき好評を得ています。

2018年度実施の研究プロジェクト
「認知症で観察されるタウ凝集機構解明」「DNA損傷ストレスがゲノム不安定化を引き起こすメカニズムの解明」「モデル生物ショウジョウバエの老化状態に認められる様々な生理特性の解析」「四肢の関節再生を惹起するシステムの解明」ほか

ガンダムの世界観を実現するには?
社会が求める実践的な技術者を養成。

高1で出会ったガンダムが航空宇宙工学への入り口に

高校1年のとき、ファーストガンダムを見て、航空宇宙工学分野を志しました。高校の図書館で『航空宇宙便覧』を読み込み、ロケットや飛行機について自分なりに調べ、夢をかなえるために受験勉強に励みました。私がガンダムの世界に惹かれたのは、地球~月間に人々の生活圏がある世界が近未来に実現可能と考えたからです。戦闘用巨大ロボットは中に乗り込む人間の安全性が担保されないため、おそらくファンタジーで終わるでしょう。しかし、スペースコロニーで人々が暮らす世界は、50年後に実現する可能性が充分にあります。宇宙空間で人々が暮らすためには、必ずそこへ物資を運ばなくてはなりません。そのため、輸送用ロケットの需要は今後も高まるはずです。

航空機やロケットにもっとも求められるものは「安全性」

研究室では、おもにジェットエンジンとロケットエンジンについて研究を進めています。具体的には、産業用エンジンのプロペラ形状などを工夫し、空気の流れをコントロールして省エネ効率と静音性を高めたり、ジェットエンジンの騒音発生のメカニズムを調べたりしています。意外に知られていませんが、ジェット燃料の主原料は灯油です。灯油は比較的燃えにくい原料ですが、安全性を保ちながら効率よく燃焼させるにはどうすればいいか。そんな研究も行っています。
科研費を利用して取り組んでいるのは、シンセティックジェットに関する研究です。ジェットエンジンには空気を吸引する通路と噴出する通路の2方向の通路が必要ですが、シンセティックジェットなら1つの通路で吸引と噴出を交互に行い、低コスト化につながります。1990年代から研究が始まった分野で、実用化まであと20年はかかるといわれる、先の長い研究です。それほど航空機やロケットに使われる技術は安全性が重要なのです。

恵まれた環境を活かし、企業が求める人材へと成長

研究では実験、シミュレーション、理論の3方法を併用。学生は4年次春から研究室に入り、実験やシミュレーションに参加します。
例えば、ある実験には航空機の尾翼モデルが必要です。そこで学生がCADソフトで設計し、3Dプリンターでモデルを製作。その後、実験に臨むのですが、夏休み中には自分なりの実験ができるまでに成長します。圧力計算と速度計算を一体化して解くPCでのシミュレーションについても同様です。
私が学生に実験やシミュレーションを徹底して経験させる理由は、就職後に技術職として必須の素養だから。企業が求めるのは、CAD も実験もシミュレーションもできる人材。そのためには学生時代から手を動かし、経験を積む必要があります。
さらに将来、学生が社会で活躍するためにも、卒業研究では「1 人 1 テーマ・2 研究手法」を課しています。有難いことに、青山学院大学は各種実験設備が豊富。学生はこの恵まれた環境をフル活用し、技術者として社会へ羽ばたいて欲しいと思ってます。

機械創造工学科の大型実験施設には、風洞実験や水力発電などの実験設備が所狭しと並ぶ。学生一人ひとりが役割分担し、作業に余念がない。
デトネーションは燃焼が超音速で伝わる現象で、極超音速機や宇宙住還機の燃焼室で高速燃焼させるためのテクノロジーです。

好奇心と想像力を糧に宇宙へ、大空へ。
研究対象は宇宙の彼方の爆発現象。
理論・観測・実験から事象の本質を捉えよ。

宇宙でもっとも激しい爆発現象
「ガンマ線バースト」とは?

私の研究室では、高エネルギー宇宙物理学の理論研究および、観測・実験研究を行っています。
宇宙から地球へは、目に見える可視光だけでなく、目に見えない波長の電磁波や宇宙線、ニュートリノ、重力波が飛んで来ます。その中で、我々が研究しているのは、宇宙で最も劇的な爆発現象である「ガンマ線バースト」。電磁波の中で最も波長の短いガンマ線が1000分の1秒~1000秒という、ごく短時間に観測される現象で、実は、地球1000個分の質量エネルギーに相当するエネルギーを解放しています。
ガンマ線バーストは1960年代に発見されましたが、いまだにその正体は不明。100億光年以上離れた宇宙の彼方で起きることがわかっており、現在世界中で活発に研究されています。ほかに超新星残骸や中性子星、ブラックホールなどでも高エネルギー天体現象が発生し、これらの現象を研究する学問を「高エネルギー宇宙物理学」と総称します。

世界の名だたる
観測プロジェクトに参加

ガンマ線や重力波の観測には巨大かつ高コストな施設と膨大な人的資源が必要で、とてもひとつの大学で行えるものではありません。そこで私たちもグローバルプロジェクトに理論担当として参加。地上チェレンコフ望遠鏡(CTAによる超高エネルギーガンマ線観測)、大型低温重力波望遠鏡「KAGRA」、ガンマ線観測衛星「フェルミ」などで得られた観測結果の理論解釈を行い、論文にまとめています。理論担当の研究者は物理的・数学的な計算から「こんな現象が見えるはず」と予測し、観測担当の研究者に伝えて、自分たちの理論を検証してもらうのですが、自分たちの科学的な「予言」が観測で確かめられれば自分たちの理論が証明されたことになります。これが理論研究の最大の醍醐味。世の中にはさまざまな学問が存在しますが、未来を予言できる学問など滅多にありません。

地上で天体現象を再現する「実験室宇宙物理学」

高エネルギー天体現象は地球から遠く離れた宇宙で起きるため、当然ながら現場まで行くことはできません。それならば、いっそのこと地上の実験施設で天体現象と同じ状況を創り出してはどうか。地上なら細かな条件まで手元でコントロールでき、天文観測とは桁違いに豊富なデータを得られるのではないか――そんな考えから始まった新しい学問分野が「実験室宇宙物理学」です。私の研究室では、6年前から大阪大学レーザー科学研究所と共同で大型レーザーを用いた衝撃波の生成実験を続けており、ガンマ線バーストや超新星残骸といった高エネルギー天体現象でカギとなる衝撃波での物理過程の解明にむけて、ようやく解決すべき課題が明確になりつつあるところです。実験では、学生が主体となって実験設備を設計・製作し、実験にも立ち会います。若い人の発想にはハッとさせられることが多く、今ではかなりの範囲を学生に任せています。学生が役割分担しながら実験の準備や遂行をする過程ではさまざまな議論があり、活発なコミュニケーションの輪が拡がります。そこで身につく論理的思考力や物事の本質を捉える力は、学生にとって生涯の財産となるはずです。

ブラックホール周囲の降着円盤から放出される相対論的 ジェットがガンマ線バーストを引き起こすと考えられている。
大阪大学レーザー科学研究所との共同実験に備えて、学生がCADソフトで実験設備を考案中。アルミニウムにレーザーを照射し、衝撃波を生み出す計画だ。

ビッグデータ時代を支えるクラウドサービスメンテナンス用のソフトウェアを開発

人々の行動や志向、社会で機能するシステムや機器、世界中の経済活動や自然界の現象まで、情報技術の発達により、いまや世の中のあらゆるものがデータ化されています。それら「ビッグデータ」と呼ばれる巨大で複雑なデータは、人々の行動など機械的に解析できなかったものを解析して予測し、これまでにない答えを導き出して新しい社会を生み出す起爆剤になるとされています。しかし、ビッグデータが巨大で複雑なため、その管理や解析の方法はまだ開発の途中。そんな中で東京都市大学の田村慶信先生が開発したのが、ビッグデータを管理する「クラウドサービス」の最適なメンテナンスを実現するソフトウェアです。
「ビッグデータはセキュリティ等の面から、誰もが自由に使用し、改善改良することのできるオープンソースソフトウェアで構築されたクラウドサービスで管理するのが一般的になってきました。しかしクラウドサービスは24時間稼働で計画的なメンテナンスができず、その規模の大きさから、障害が発生すれば世界規模のトラブルに波及する危うさを秘めています。ビッグデータの収集や解析といった技術がさらに進化していくには、そのインフラとなるクラウドサービスの進化も欠かせないものとなるのです」

メンテナンス実施の最適なタイミングを検出。
次代の技術発展のためにインフラも進化する。

クラウドでのデータ保管とは、たとえばスマホやパソコンではなくネットワーク上にデータを保管するというもの。その特性上、クラウドサービスは稼働直後にノイズが多く発生してしまい、このタイミングでメンテナンスを行うと、バグの発生リスクが上がり、その対策のためにメンテナンスにかかる時間と費用が上がってしまいます。この問題を解決するために田村先生が開発したソフトウェアは、クラウドサービス上のノイズ等を解析し、時間と費用が最も少なくて済むメンテナンスのタイミングを検出する機能を備えているのです。

「このソフトは今後さらなる検証を行って信頼性を高め、社会での導入を進めることが目標です。またメンテナンスの時期を測るだけでなく、サービスの稼働率を算出する機能の開発も並行して進めています」と語る田村先生ですが、さらなる将来には、クラウドサービス自身が稼働状況や管理データを深層学習し、自分自身を自動修復するシステムの開発をめざしているという。これが完成すれば、これまで多くの人員を必要としてきたメンテナンスは完全に自動化。ネットワーク上のサービスが自分自身のことを理解し、問題を発見し、保守管理するという、SFのような未来が実現することとなります。


縦軸はコスト、横軸に時間を示した開発されたソフトウェアの画面。線の乱れは、稼働直後のノイズを表している。

TOPICS

理工学部は、現・工学部の6学科と現・知識工学部の自然科学科で構成される学部です。近年需要の増している工学の分野と自然科学の連携を図り、より深い学びとものづくりの素地を育てます。
・機械工学科
・機械システム工学科
・電気電子通信工学科
・医用工学科
・エネルギー化学科
・原子力安全工学科
・自然科学科NEW
(現:知識工学部 自然科学科)

建築都市デザイン学部は、より建築・都市開発に特化した学びを推進するために、工学部から独立して新設される学部です。よりデザイン性を求められる近年の建築ニーズに応えるために、建築工学とデザイン双方の視点を持つ人材を育成します。
・建築学科NEW
(現:工学部 建築学科)
・都市工学科NEW
(現:工学部 都市工学科)

情報工学部は、現・知識工学部から2学科を引き継ぐ形で設立される、情報・ITを扱う分野に特化した学部です。近年急増しているAI・ディープラーニング、データサイエンティストなどの需要に応えられる、これからの高度情報化社会に求められる人材を育てます。
・情報科学科
・知能情報工学科

理工学部は、現・工学部の6学科と現・知識工学部の自然科学科で構成される学部です。近年需要の増している工学の分野と自然科学の連携を図り、より深い学びとものづくりの素地を育てます。
・機械工学科
・機械システム工学科
・電気電子通信工学科
・医用工学科
・エネルギー化学科
・原子力安全工学科
・自然科学科NEW(現:知識工学部 自然科学科)

建築都市デザイン学部は、より建築・都市開発に特化した学びを推進するために、工学部から独立して新設される学部です。よりデザイン性を求められる近年の建築ニーズに応えるために、建築工学とデザイン双方の視点を持つ人材を育成します。
・建築学科NEW(現:工学部 建築学科)
・都市工学科NEW(現:工学部 都市工学科)

情報工学部は、現・知識工学部から2学科を引き継ぐ形で設立される、情報・ITを扱う分野に特化した学部です。近年急増しているAI・ディープラーニング、データサイエンティストなどの需要に応えられる、これからの高度情報化社会に求められる人材を育てます。
・情報科学科
・知能情報工学科

大学の根幹となる工学部を改編し新時代の学びを創出

東京都市大学では2020年4月より、創立以来、長きにわたり大学の根幹を担ってきた「工学部」を改編し、「理工学部」への名称変更と「建築都市デザイン学部」を新設。合わせて2007年に開設した「知識工学部」を「情報工学部」に名称変更します。学部名称と学びのフィールドをより明確にするとともに、大学と大学院の連携体制をより強固にすることが狙いです。

全学を挙げた「禅」研究により、現代社会に新たな提言を! 駒澤大学の「禅ブランディング事業」

1592年、曹洞宗の古刹「吉祥寺」内に作られた「学林」を起源とする駒澤大学。平成28年度文部科学省の私立大学研究ブランディング事業では、「『禅と心』研究の学際的国際的拠点づくりとブランド化事業」を掲げ、採択を受けました。禅の研究を通じて、現代人が抱える「心」の問題に取り組み、新たな提言を行うこと。禅を超領域的に研究することで新たな視座を獲得すること。そして坐禅が身心に与える影響を科学的に検証することを目標に取り組んでいます。

なぜ今、「禅」が求められるのか

――禅ブランディング事業について、具体的にどのように進めておられますか?

角田「曹洞宗の歴史と思想、坐禅作法を研究する『曹洞禅とその源流研究チーム』。文学や芸能、美術などへの禅の影響を研究する『禅の受容と展開研究チーム』。坐禅が人の体と心にもたらす影響・効果を研究する『禅による人の体と心研究チーム』。禅が現代社会に与える影響を研究する『禅と現代社会研究チーム』。以上4つの研究チームに全学部の教員数十名が分かれて所属し、それぞれに研究を推進。その成果を『世界発信チーム』がWEBサイトなどを中心に発信しています。」

――まさに全学を挙げての取り組みであることが伝わってきます。それにしても古くから存在する「禅」が、21世紀の社会で求められている理由とは何でしょうか?

角田「私は普段から仏教学部で曹洞宗に関する研究に携わっており、『曹洞禅とその源流研究チーム』のリーダーを務めています。近年、改めて禅が社会の注目を集めているのは、ストレス社会の中で人々のストレスを低減する方法が強く求められているためだと思います。例えば、ストレス対処法として知られるマインドフルネスは、1970年代の米国で曹洞宗の坐禅にヒントを得て生まれました。また、米国アップル社の創業者である故スティーブ・ジョブズ氏は若い頃にインドで仏教に出会い、その後米国で禅センターに通い、本学卒業生である乙川弘文老師に師事したことが有名です」

各務「私はグローバル・メディア・スタディーズ学部でグローバル企業の経営戦略について研究していますが、情報過多・急激な技術革新・急速なグローバル化など、働く人の集中力が散漫になる環境が年々強まっていると感じます。グーグルやインテルなどシリコンバレーの名だたる企業が競ってマインドフルネスを採り入れたのも、オフィスの中で精神集中する時間をわずかでも持つことで、働く意欲やアイデアが生まれやすいことに気付いたからだと思います」

名古「私は普段は医療健康科学部で診療放射線技師の養成に携わっており、『禅による人の体と心研究チーム』のリーダーを務めています。坐禅の効果を科学的に捉える方法には脳波測定やMRI(磁気共鳴画像法)があり、脳波測定に関しては本学の文学部心理学科の先行研究があります」

角田「実は私も以前に坐禅中の脳波測定をしてもらったのですが、体によいα波が多く検出されました。精神を安定させる脳内物質セロトニンの増加も確認され、これが薬に頼らないうつ病治療につながる可能性もあると医学研究者からお聞きしています。従来、坐禅の効果は体験的に語られることが多かったのですが、科学的に立証できる時代になってきました」

ロジックの通用しない
場面でこそ「坐禅」が活きる

――一般的に、「禅」と言われて思い浮かぶのは坐禅ではないでしょうか。改めて坐禅の意義
について教えていただけますか?

角田「ここまで禅のストレス低減効果についてお話してきましたが、本来、坐禅は“目的を持たずに坐る”“無条件にただ坐る”ことに意義があるのですよ」

各務「そこを理解していただければ、多くのビジネスパーソンが救われますね(笑)。常にロジックを組み立てて対応するのがビジネスですが、世の中にはロジックだけで対応できないこともたくさん存在します。そんなとき、坐禅を通してビジネスを忘れることで、かえって次の展開が見えることがあるのかもしれません。“目的を持たない時間に価値を見出した”とも考えられますね。禅がシリコンバレーの人々に支持された理由はこの辺りにあるのではないでしょうか」

特設サイトでの発信や各種イベントを精力的に展開

――ブランディング事業の成果について教えてください。

各務「研究成果の発表の場としてWEBサイトhttps://www.komazawa-u.ac.jp/zen-branding/を設け、研究活動が進むたびにコンテンツを順次アップしています。2018年度だけでも『禅の国際化』講演会、『禅の歴史』連続講座、『禅と心』研究シンポジウム、そして坐禅会など、さまざまなイベントを精力的に開催し、ポスター、インスタグラムなどで告知しています」

角田「ブランディング事業のキャッチコピーは“ZEN,KOMAZAWA,1592”。この活動を本学の学生はもちろん、広く世の中に知っていただきたいです。仏教学部の学生はみな知っていることですが、本学が曹洞宗と深く関わる大学であることは意外に知られていません。ちなみに全学部で1年次必修科目となっている『仏教と人間』では、仏教と禅の基礎的な知識を学ぶことができます。これを受講すれば、ジョブズ氏があれほど禅に傾倒した理由もおわかりいただけると思います」

生涯を通じて糧となる「禅」の学び

――高校生に向けてメッセージをお願いします。

角田「駒澤大学は国内最大級の仏教研究・教育機関です。図書館の蔵書は約120万冊に上り、仏教書のコレクションは全国有数。禅関連の蔵書数は世界一でしょう。さらに仏教関連だけで24名の教員が在籍するのも本学ならでは。人生には一本貫いた“筋”が必要です。仏教を学ぶことで“筋”が身に付くはずです」

名古「私の学部の学生はみな、診療放射線技師を目指しています。診療放射線技師の養成校は全国に51校ありますが、仏教と禅の心を学べるのは駒澤大学だけ。私自身も本学の出身で、卒業後に長く大学病院に勤務しました。医療の現場には心も体も弱った方がたくさんおられます。そんな方々と向き合うとき、大学時代に受けた“心の教育”がとても役に立ちました」

各務「私の学部には将来グローバルに活躍したい高校生が多く入学して来られます。グローバル社会とは自分の価値観が通用しない多様な相手とコミュニケーションしていく社会。当然ストレスが増えますが、禅の考え方が習慣化すれば乗り越えることができるかもしれません。さらに日本人のオリジナリティとして禅を理解することで、多様化する社会の中で確かなアイデンティティを持ち続けることができるはずです」

世界中で全員参加の社会変革が始まっています。
SDGsの第一人者・平本督太郎センター長に聞く これからの世界を描き出すSDGsの目的と意義とは

環境破壊にともなう気候変動による災害の増加、解決の道のりが長く見出せずにいる貧困や人権の問題。世界中に存在する社会課題に対して、社会はこれまで個人~組織のレベルで向き合い、その取り組みを続けてきました。そんな中、近年、世界全体で力を合わせて取り組んでいこうという社会課題解決のための目標が設定されました。それが通称「SDGs」と呼ばれるSustainable Development Goals(持続可能な開発目標)です。
「このままでは長期的に豊かな生活を続けていくことができないだろうという危機感が世界中に広がってきたこと。これが世界規模での目標が設定された背景にあります」
そう語るのは金沢工業大学SDGs推進センター平本督太郎センター長。民間企業で日本政府や国連機関と社会課題解決型ビジネスを推進するための政策立案に長く関わり、経済産業省「BOPビジネス支援センター運営協議会」委員、日本貿易振興機構「SDGs研究会」委員などを務めてきた、この分野の第一人者のひとりです。
「SDGsの前身として、2000年に策定されたミレニアム開発目標(MDGs)がありましたが、これは先進国が主導となり新興国や途上国向けの開発目標としてつくられたもの。しかし2008年に起きたリーマン・ショックをきっかけに先進国の経済が大きく後退、先進国が必ずしも安定して豊かであり続ける存在ではないことに世界中が気付き、各国の企業などは新興国や途上国の将来的な可能性に注目を広げることとなりました。また同じ頃は世界の首脳が集まっていた場がG7からG20として新興国等を加えた20か国に広がるなど、世界の構図は先進国を中心としたものから、新興国や途上国を中心としたものに変化していったのです」
こういった背景を受け、先進国だけが主導するのではなく新興国や途上国を巻き込みながら、世界全体で地球の将来について考えていこうという流れが生まれてきました。先進国や一部の有識者だけで決定するのではなく、オンライン上で約1000万人以上が参加するなど、世界中の人々がオープンな場所で議論しながらつくられたSDGsの特徴はここに理由があります。SDGsが設定する17の目標と169のターゲットは、言わば「世界のみんなでつくった目標」です。誰かが勝手に決めた目標、誰かに押し付けられるゴールではないから、近年、世界の全員が積極的に参加する形でSDGsに関する取り組みが活発に行われているのだ
と言えるでしょう。

「競争」から「共創」への転換が
SDGsを達成するカギとなる

「SDGsに沿った活動を行う中で重要視されているポイントがあります。それが『身近な問題と世界をつなげて、地球規模で物事を考えること』『将来的な目標から逆算して、いま何をすべきかを導き出すこと(バックキャスト)』『すべての人が利益を得られるよう誰一人取り残さないこと』という3点です。世界各国の政府、自治体、企業といったあらゆる組織がSDGsの定めた目標に向けて、2030年までに自分たちが達成すべきゴールを宣言し、いま何をすべきかを導き出して取り組みはじめています。これがまさにバックキャストによる活動の進め方です。そして『誰一人取り残さない』というポイントを実現する上で障壁となるもののひとつが、ある課題を解決することと引き換えに新たな課題が発生してしまう『トレードオフ』の問題です」
たとえばひとつの企業が「環境に優しい生産方法に変えよう」としても、その結果生産効率が下がってしまえば、その企業は環境保護と引き換えに自身の利益を失ってしまい、環境に優しい生産方法を継続することはできなくなってしまいます。このような「トレードオフ」の問題は社会課題に向き合う中で多く存在していますが、その障壁を乗り越えるために必要となるのがSDGsのめざしている、「競争社会」から共に創造する「共創社会」への転換、という考え方。ひとつの組織だけで取り組むのではなく、いくつもの組織で連携を取りながら、皆で新しい価値をつくったり、いまある価値を膨らませたりして、その価値を分配していく。ひとつの価値を競争して奪い合うのではなく、皆が共に価値を得られる状況をつくりながら社会課題の解決にもつなげていく。こういった「共創社会」をつくることがSDGsの進展に必要となるのです。
ただしSDGsは2030年の実現をめざした目標であり、すでに世界ではその先の目標に関する議論もはじまっています。そして次の目標期限となる2045年は、人工知能(AI)が人間の能力を超えるとされる「シンギュラリティ(技術的特異点)」を迎える年とされています。おそらく社会や産業の構造は劇的に変化を迎えることとなるでしょう。
「いま掲げられているSDGsの目標実現に向けて取り組むことはもちろん重要ですが、一方で、めざす目標を皆で決めていく世界の在り方、世界の人々が積極的に目標に向き合いながら皆がメリットを得られる取り組みの手法をつくることができれば、2030年以降に時代が大きく変化したとしても、世界は『共創』を大切にしながら引き続き幸せな世界をめざすことができるでしょう。先進国や一部の有識者が主導して策定したミレニアム開発目標(MDGs)から、世界の人々が皆で作成したSDGsの誕生、そしてその実現をめざしている現在までの過程は、こういった未来の世界の基盤をつくるための道のりだと言えるかもしれません」

「Sustainable Development Goals」SDGsとは――

SDGs(エス・ディー・ジーズ)とは、「Sustainable Development Goals」の略称で、「持続可能な開発目標」を意味します。これは人間だけでなく地球全体を未来にわたって永続的に繁栄させるために、私たちがどのように行動し考えればいいかを示したもので、大きな17の目標と、より細かく具体的な目標を示した169のターゲットから成り立っています。2015年にニューヨーク国連本部で開催された『国連持続可能な開発サミット』において、2016年から2030年までの国際目標として150以上の国連加盟国首脳の参加のもと制定され、2016年からスタートしました。地球上の誰一人取り残さない(leave no one behind)取り組みとして設定されており、途上国の貧困等を中心とした経済的課題だけでなく、環境保護や人権、教育、健康の問題など、世界が抱える現代の課題に対して、先進国・途上国といった国の垣根、政府・企業といった組織の垣根を越えて、世界の人々が手を取り合って取り組むものとされています。日本でも政府だけでなく、自治体や企業、学校など多くのフィールドで積極的な活動が進められています。
「競争社会」から「共創社会」へと移り変わる時代に
求められる新しい人財の姿とは

「共創社会」を実現するための
これからの教育の在り方とは

これからどのような世界にしていきたいのかを、世界中の人々と一緒に考えて、目標として決定する。その目標を実現するために、誰一人取り残すことなく皆がメリットを得られる方法をつくりだしていく。SDGsが掲げる「共創社会」とは、これまで理想とされながらも、なかなか実現に至らなかった新しい世界の姿です。そして、この世界を実現するために必要なのが、人々の考え方の転換と新しい知識・スキルの習得。そのために大切なのが「教育」であると、平本先生は話します。
「SDGsにおいても、何も考えずに目標実現をめざすだけでは活動は長続きしません。なぜこの目標をめざすのか?という理由を理解し、そこに納得していなければ人々は積極的に活動しません。日本でも2020年から学習指導要領が変更され、SDGsの要素が教育の中に盛り込まれることとなりましたが、すでに諸外国ではこのような『なぜ』を大切にして社会の物事に疑問を持ち、問題の本質を見極める素養を育む教育が進められています。なぜ社会課題が生まれているのかを知り、なぜ問題解決をする必要があるかを考え、その『なぜ』を多くの人に理解・共感してもらうことで社会を巻き込んだ大きな活動を実現することができる。『共創社会』を実現するには、このような能力を身につけることが必要となってくるでしょう」
その教育方法のひとつとして挙げられるのが、生徒自身が学びたいこと見つけ、生徒自身で教材を制作して、自分たちで学びながら、生徒同士で教え合うというもの。平本先生は小・中学校などの教育現場と話をしながら、新しい教育方法の確立にも注力しています。
「たとえばそのひとつにゲームを使った方法があります。学校に行ってずっとゲームをしていれば能力が伸びる、となれば生徒たちも喜びますよね。ただし自分たちでゲームをつくるには、めざす目標の設定、皆が公平に参加できるルールづくり、そのうえで堅苦しくなくて積極的に参加したくなるゲームとしての楽しさなどを考えなくてはいけません。これはまさに『共創社会』を実現するための能力に直結するものです」
金沢工業大学の学生プロジェクト「SDGs Global Youth Innovators」が2018年に制作したSDGsを学ぶためのカードゲーム「THE SDGsアクションカードゲームX(クロス)」(詳細別掲)は、まさにこの話を象徴するもの。ゲームを通してSDGsについて理解を深め、「共創社会」をつくるための能力を身につけるという内容ですが、そこでは皆が公平に参加できるルールと、積極的に参加したくなる楽しさも欠かさずに実現されています。

SDGsカードゲームを学生プロジェクトが産学共同で開発。
国連主催のSDGsイベントなど、グローバルに周知活動を展開
金沢工業大学の学生30名が所属する学生プロジェクト「SDGs Global Youth Innovators」が、楽しみながらSDGsについて知ってもらい、アイデアを創出し、一人ひとりの行動につながればという思いのもと開発したのが、「THESDGsアクションカードゲームX(クロス)」です。ゲームは、ある社会課題を解決することで新たな課題が生まれる「トレードオフ」をテーマとしたもので、課題となるトレードオフカードと、「AI」「飛行機」「ダンス」といった課題解決に活用できる多様なリソースカードの2種類が用意されており、場に提示されたトレードオフカードの課題に対して、手札のリソースカードを使いながらチームで課題解決のアイデアを創造するというもの。
(株)リバースプロジェクトのデザイン協力を受け、2018年以降はSDGs推進センターWebサイトからダウンロードできる形としていたが、合わせてクラウドファンディングによる資金集めを行い、2019年5月に商品化を実現。教育現場で教材として活用されるだけでなく、民間企業・自治体や教育機関のSDGs研修用ツールとして採用される事例も増えています。また同年5月にはドイツで開催された国連主催の国際イベントにブースを設置し、世界各国からの参加者にゲームを紹介。幼稚園~大学まで幅広い教育機関の他、自治体、企業などからゲームへの問い合わせが届いている状況で、プロジェクトメンバーはゲームを体感してもらうワークショップ開催のため、日本全国を奔走しています。

ドイツ・ボンで開催された国連主催のSDGsイベント「GlobalFestivalofACTION」にブースを出展。世界中から集まった参加者に学生自らゲームを紹介し、体感してもらった。今後は各地での周知活動に加え、年齢、地域、企業ごとに合わせたバージョンの制作にも取り掛かる予定としています。

「小・中学生くらいの生徒たちも、ゲームを楽しみたいとなると自然と世界や社会の問題について関心を持ちはじめるんです。急に家で勉強するようになった、と先生やご両親から驚かれますね(笑)」
もちろん金沢工業大学においても、SDGsの要素を取り入れた「共創社会」実現のための能力を育成する教育が進められています。その代表と言えるのが、問題発見から解決にいたる過程・方法をチームで実践しながら学ぶ、全学生必修の「プロジェクトデザイン」。金沢工業大学が独自に展開している教育方法です。
『プロジェクトデザイン』は近隣自治体の課題について、研究を通して解決していくという内容ですが、以前は金沢市等の自治体から問題提起を受けてその解決方法を探
り、提案して実現をめざす問題解決を軸としたものでした。しかし現在では、近隣自治体が将来的にどのような地域になりたいのかという未来像を一緒に描くところからはじまり、そのために解決すべき課題を発見する問題発見を軸とした要素を強めています。1~4年次まで通して行う授業なのですが、特に前期の半年間で提案内容を考え、後期の半年間でアイデアを具体化して実験し、提案がユーザーの求めているものなのか検証・評価する2年次の1年間で、学生たちの力は見違えるように伸びていきますよ」

一人ひとりの想いが世界を変える
SDGsとはその行動を応援するもの

「いま私が注力しているのが、若者の能力をいかに引き出すか、そして若者の積極的な活動を評価する大人たちを集めることで彼らの活動の影響力をどのように増していくかということ。具体的には2030年に小・中・高校生と産業界の第一線で活躍する企業家が協力して設立したジョイントベンチャー(複数企業が共同で立ち上げる新規事業)100社を世界に向けて紹介したい。そのための土壌を日本につくりあげることが現在の目標です」2018年には、第1回「ジャパンSDGsアワード」と「SDGsビジネスアワード」の受賞団体を中心に、SDGsに先進的に取り組む組織を集めた「ジャパンSDGsサミット」をSDGs推進センターが中心となって、金沢工業大学白山麓キャンパスで開催。そこでも企業や組織の大人たちと肩を並べて小・中・高・大学生たちがプレゼンテーションやワークショップを実施。社会課題解決の第一線に立つ大人たちにとっても刺激的な内容であり「大人たちのプレゼンテーションを聞くより面白かった!」という声もあがったという。
「SDGsというと堅苦しい言葉に聞こえますが、その根底には、自分たちが正しいと思うこと、将来こういう世界にしていきたいという理想を一人ひとりが社会に向けて発信していこう、という精神があります。そしてそういった姿勢を、国連や世界が後押ししてくれているのだと考えてみてください。これがSDGsのいちばん大切なところです。いままでの常識や過去事例に縛られず、新しい考え方や社会の在り方を築き上げていくには、若い人たちの力は欠かせませんし、新たな社会をつくるための可能性をもっとも持っているのが若い人たちなのです。身近な問題を世界規模で考えながら、多くの人と協調して、誰一人取り残すことなく自分たちの未来を切り拓いていく。そういう人材はどんどん世界を舞台に活躍していけるでしょうし、そういう人材が増えることで、世界は明らかに幸せなものとなっていくはずです」