多く発症する骨肉腫
進歩しない現状
新規治療法を発見
順位 | 機関種別名 | 機関名 | 新規採択累計数 |
---|---|---|---|
1 | 国立大学 | 東京大学 | 53.0 |
2 | 国立大学 | 大阪大学 | 50.0 |
3 | 私立大学 | 慶應義塾大学 | 47.0 |
4 | 国立大学 | 京都大学 | 42.0 |
5 | 私立大学 | 順天堂大学 | 34.0 |
6 | 公立大学 | 京都府立医科大学 | 31.0 |
7 | 公立大学 | 名古屋市立大学 | 30.0 |
8 | 国立大学 | 東北大学 | 29.0 |
9 | 国立大学 | 東京医科歯科大学 | 28.0 |
10 | 国立大学 | 名古屋大学 | 26.0 |
若い世代に発症し、手や足の切断に至る骨肉腫
「30年間治療法の進歩がない」という現実
国内で発症する骨肉腫(骨に発生するがん)の患者数は、年間200~300人。症例の少ない希少がんですが、小児及 び思春期から30代までのAYA(Adolescent and Young adult)世代、そして最近では高齢者の発症が多く報告されています。患者数が少ないため、なかなか治療法の研究が進ま ず、昔は発症すると手や足を切断する治療が行われ、5年生存 率はわずか20%。今から30年前に抗がん剤が登場し、手術と薬物療法を組み合わせることで5年生存率(初診時に転移 が認められない場合)は約70%まで上がりましたが、その後 の30年間というもの治療法に進歩が見られませんでした。
順天堂大学医学部整形外科学講座准教授の末原義之先 生が骨肉腫に関わり始めたきっかけは、自身も学生時代にス ポーツに打ち込み、整形外科で骨や筋肉を治療の対象にする機会が多かったため。研究だけでなく手術を執刀することも 多く、目の前で病に苦しむ患者さんのために新しい治療法を 開発したい、という思いが研究の原動力でした。
骨肉腫の検体を遺伝子パネル検査で精査
約40%の患者に治療可能な遺伝子変異を発見
がんは遺伝子の変異などが原因で発症する疾患です。そのため最近では、一人ひとりの患者さんの遺伝子情報に基づいて治療を行う「がんゲノム医療」が盛んになりつつあります。 ここでポイントとなるのが、3~4年前から米国で広まりつつあるがん治療法選択の新しい考え方「バスケット・スタディ」 です。近年、がんゲノム医療が進むにつれ、遺伝子異常を標的 にした薬剤が数多く開発されてきました。その結果、例えば肺がんなら肺がんの薬に、胃がんなら胃がんの薬に遺伝子の変異を抑えるものが数多く登場しています。ところが骨肉腫の 場合、前述したとおり30年間新しい薬が全く開発されていません。それならば、がんの種類にこだわらず、個々の患者さん の遺伝子変異を整理して、似た変異に対応する薬を骨肉腫の患者さんにも投与すればよいのではないか――末原先生は そう考えました。
「ところが、骨肉腫は遺伝子変異が少ないがんなのです。そのため2~3年前には、遺伝子変異を標的にする治療は難 しいという報告もありました。しかし、私たちは患者さんを助けなければなりません。他のがんに比べたら、遺伝子変異を見つけるのは難しいかもしれませんが、正しい検体・正しい検 査方法・正しい解析を進めれば、必ず骨肉腫にも治療法が見つかるはず。そう考えて、米国へ2度目の留学をし、懸命に研究を進めました」
がんゲノム医療を進めるためには、多数の遺伝子を一気に調べる「がん遺伝子パネル検査」が必要です。留学先である米国Memorial Sloan Kettering Cancer Center(MSKがんセンター)には「MSK-IMPACT」というがん関連 遺伝子の検査ができる機器があり、これを使って末原先生は 骨肉腫の患者さんの71の手術検体を解析。468個のがん関連遺伝子の遺伝子変化を調べました。すると、がん関連遺伝 子PDGFRA、KIT、KDRやVEGFAの遺伝子増幅、CDK4、 MDM2の遺伝子増幅などを検知することができました。
「実はがん遺伝子は、1つの遺伝子に原因があれば、他の遺伝子はがん発症にあまり関与しないといわれています。こうした遺伝子同士の関係性をひもといていくと、これらが骨肉腫の原因になり得る遺伝子だとわかりました」
この解析の結果、治療可能な遺伝子変異を約21%同定。 さらにマウス実験や細胞実験を重ね、他のがんの薬が約40%の患者さんに有効な可能性が示されました。
「同じ頃、海外では遺伝子増幅とは関係なく、骨肉腫の患者さんに他のがんの治療薬(末原先生が発見している遺伝子変化を阻害する)を投与する治験が行われていました。その結果、やはり約40%の患者さんに効果が現れ、私たちの解析結果とぴったり一致したのです。私が研究で見い出したがん関連遺伝子には、それぞれを標的とする複数の治療薬が存在します。今後はいくつかの問題点をクリアにし、臨床試験も経て、新たな治療法を確立したいと考えています」
がんゲノム医療で起きる奇跡は全体の5%
1人でも多くの命を救うために研究を推進
「今後は基礎研究と臨床の両輪で研究を進めていく」と力 強く語る末原先生ですが、その研究体制を支えているのは順天堂大学の恵まれた環境だといいます。
「順天堂は学内全体の風通しがよく、各診療科の協力体制 もスムーズ。だからチャレンジングな研究が進めやすいのです。例えば、前述のMSK-IMPACT検査は、私が1度目の米国 留学で日本へ持ち帰ったものです。当時はどんな検査機器なのか知られていませんでしたが、順天堂の関連分野の先生方 が私の話に耳を傾けてくださり、日本で初めて導入することができました。チャレンジできる風土がよい研究を生み、科研費をたくさん獲得して、さらに研究が進む。いい循環が生まれていると感じます」
最近では、軟部肉腫の治療法でも医学の進歩を示すエピソードを耳にするようになりました。それは2016年、末原先生が2度目の米国留学に発つ前のこと。腕に肉腫ができた6 歳の女の子が順天堂医院を訪れました。腕にはできる限り残 しておきたい血管や神経などがあるため、切除できる範囲で切除手術を行ったのですが、その後再発。そこで末原先生は MSK-IMPACT検査を使ってバスケット・スタディを実施し、 NTRKという融合遺伝子を日本で初めて発見しました。すでに存在するNTRK融合遺伝子に効果のある抗がん剤が有効 だと留学先で教えられ、女の子に投与したところ、がんが完全 に消えたのです。
「その女の子は腕を切断せずにすみ、1年たった今も元気です。このときはご本人やご家族からずいぶん感謝され、私も医師・研究者としてのやりがいを感じました。こんな奇跡のような話は全体の5%程度ですが、がんゲノム医療では実際に起きる可能性があります。わずか5%でも、患者さんが20 人いれば1人は救うことができる。そう考えると研究意欲が湧きますし、1人でも多くの患者さんを救うためにも新たな治療法の確立を目指しています」
YOSHIYUKI SUEHARA